楽曲は、オリジナル曲(吹奏楽用に書き下ろされた楽曲)やポップスやクラシック
の吹奏楽アレンジされたものがメインと行進曲。そして、音楽会で弦楽との合同演奏
つまり「管弦楽」としてのクラッシック曲の演奏がありました。弦楽との演奏もとて
も楽しいものでした。ただ、譜面がスコア(総譜)からの書き写しで、たまにトラン
ペットが A 調や C 調で書かれているものがあり、移調して書き写す手間があったの
を覚えています。
当時、演奏した中で今も思い出に残っているのは、吹奏楽はエルガーの威風堂々、
管弦楽では、ヨハンシュトラウス1世のラデツキー行進曲です。
そんな吹奏楽部ですが、私が卒業した翌々年には廃部となり、弦楽と合併し管弦楽
部として現在も活動中です。
個々の音が合わさり一つの楽曲を演奏会で演奏する以外にも、音楽として形になる
までの過程が私は好きです。その過程で得られたものが積み重なり、新たな楽曲への
糧になり、より良い演奏になるのだと。
新たな出会い
大学卒業後、就職して直属の上司は同じ大学の卒業生であり且つ吹奏楽部の先輩(私
が入学したときはすでに卒業していた)であったにも関わらず、吹奏楽からは遠ざか
ってしまいました。しかし、その数年後、ローターアクトクラブ(ロータリークラブ
が提唱した青年のクラブ)に入会後、私がキーボード担当で他クラブの有志でバンド
を結成し、クラブ定年(当時、ローターアクトクラブは「30 歳定年」)まで行事等で
演奏をしていました。もう一人のキーボード担当は、のちに私の妻となる女性です。
そのバンドでは Fusion のコピーを演奏し、後にライブ知り合った仲間に誘われて
別のバンドに加入したりしていました。(加入した一つのバンドのボーカルが大学時
代の同級生でした)。それぞれの演奏ジャンルが異なり、そのバンドに合った機材を
調達したりしました。
吹奏楽で培った合奏の楽しみを実践できた時間(期間)でした。コロナ禍でいった
ん中断し、再開のめどが立っていないのが残念です。
最後に
自分で演奏するものが吹奏楽からすっかり離れてしまいましたが、今も吹奏楽への
思いは変わりません。もうトランペットを吹くことは難しいかもしれませんが、さま
ざまな団体の演奏に触れるたび、今でも心を動かされます。