さんは軽井沢に戻りました。時おり電話でおしゃべりをしていると「遊びにおいで」
と愛子さんから誘われることもありましたが、なかなか軽井沢に出向く気分にはなれ
ないままに時が過ぎていったのですが、2013 年の夏に 1 週間ほど愛子さんの家に泊
めてもらった時、緑に囲まれた茂沢の暮らしに魂を奪われ、2014年に愛子さんの家か
ら 200m ばかりの家を手に入れ(土地建物まるっと百万円という僥倖にめぐまれ)
2015 年夏には移住をしてしまったのは自分でもびっくりでした。
愛子さんはよく歩く人でした。「お散歩いこ」と誘われて呑気についていったら数時
間、軽く 2 万歩を超える、なんてことも。 茂沢の家から発地市庭まで歩く ( 最短で 6
㎞ほどですが、あちこち寄り道するので片道2時間くらい。トイレを借りて、ソフト
クリームで糖分補給) 追分宿のはずれまで歩く ( これも最短で 6 ㎞ 神社のブラン
コを揺らしながら たい焼き を食べる) 紫水京別荘地の山のてっぺんまで行く( 最後
は道なき道を藪漕ぎ) 「牛にひかれて善光寺詣り」 という布引伝説ウォーキング大会
(2015)では、小諸懐古園から善光寺までの 64 キロも踏破しました ( 私は 33 キロあ
たりで肉離れを起こしてあえなくリタイア)
春先は忙しくて、山椒の若芽を摘む、こごみを摘む、フキノトウを摘む。ヨモギの若
葉、行者ニンニク、タラの芽、コシアブラ。どのあたりに何が出ているか、愛子さん
の中には地図が出来ていて、毎年、同じ場所に山菜を摘みに行くのです。
ある時、私たちは「あそこの赤い屋根」を目指すことになりました。冬になって木々
の葉が落ちると、峠道の反対側に赤い屋根が見えるようになる。「あれはなんだろう
か」と毎年冬になると気になり、春になると忘れる、を繰り返していたのですが、あ
る時ふと思い出し、「行ってみよう」ということになったのでした。地図で見ると、と
ある別荘地の裏山あたり。その場に行ってみたのですが、その「赤い屋根」に通じる
道はなさそうでした。しかしここでアイコサン発動。「登ってみよう」と、斜面を登り
始めたのです。枝や根っこにつかまりつつ、ぐんぐんと登っていくアイコサン。登り
はともかく、ここを下ってくるのは無理だろう、と私は怖くなって「帰れなくなるか
もしれないから、もう、やめようよ~」と半泣きでした。すると頭上から一言。「帰り
道は考えない!」そのままどんどん登って行ってしまいました。下るのは恐ろしい。
もう、登るしかない。必死に登っていくと、なんとそこにはお社がありました。赤い
屋根の正体は、お社だったのです。私たちが到着したのは、そのお社の裏側。建物を
まわっていくと正面に出て、そこには落ち葉だらけとはいえ参道がありました。バカ
な私たち。ゆるやかな参道を降りていったら、下の集落( 出発した別荘地とは反対側 )
に出て、集落の人たちが「なんだこの人たちは」という目で私達を見ていました。お
邪魔してま~すと腰を低くしながら集落を通り抜け、道路に出て、車を停めた別荘地
まで戻る間、私の脳裏には「帰り道は考えない!」というアイコサンの声が響いてい
ました。