機関紙(TUTTI) | 軽井沢シンフォニックコーラス

浅間山紫

機関紙(TUTTI) | 軽井沢シンフォニックコーラス

REPERTOIRE OF KARUIZAWA SYMPHONIC CHORUS
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軽井沢シンフォニックコーラス TUTTI 2026.07.03 今号は、過日のフォレストコンサートの感想などを収めた『フォレコン特集号』です いつも通りの演奏会を終えて 寺田 和佳子 ステージの袖に立つときはいつも心が落ちつかず、いつもより喋りがちになる私。 皆様ご存知の通り、これは私が非常に緊張している証拠。食べ物を口にせず、ウロウロ しながら裸足になる。今年も例外なく、このような症状を皆さんに見せてしまったかな? 中学生の頃、声楽を指導してくださっていた先生の門下会でステージに立ったのが初め て緊張した場面でした。毎年8月 20 日ごろに千葉で行われる発表会は、夏休みがすでに 終わって学校が始まっている長野県の中学生にとって、恐ろしい暑さの中で 1 人で歌う 苦痛の行事だったことを思い出します。どうやって具合が悪いと言おうか、参加できな い口実がないかと苦しい言い訳を考えたものです。 母いわく、もっと幼いときは童謡唱歌を 100 曲近くレパートリーとして、人前で歌って いたこともあったとか。( 母が残したレパートリーが記されたメモがあったような ) ピンクレディーの流行っていた頃は、フリ付きでステージを自ら作ってお友達と歌って いたとか。しかし、恐ろしいことに私の記憶にはほぼ残っていません・・・。 悲しいかな、傍目には緊張しているなどと思われることはないのですが、実は心底緊張 しまくっている指揮者です。今後ともこんな私ですが、末長く一緒にステージにたって いただきたいと思います。来年の「ラシーヌの詩による賛歌」を成功させましょう! 初めてのステージ 佐々木 毅( テノール ) 初めての出演となる軽井沢フォレストコンサートを、自分としても無事に終わること ができて感慨深いです。自分はこのような場で緊張することが多かったのですが、今回 は不思議とリラックスしていました。これは日頃お世話になっているシンフォの皆さん と一緒に歌うことができたからだと思います。 ステージに立つのは中学校以来?のため、「死んだ男・・・」については最低限3つを 第66号
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意識しようと思いました。1)冒頭の$266Eシと4番冒頭のレの音程に気をつける、2)テノ ールの副旋律を正確に、3)主旋律を担当するときは他のパートに負けないように。 その結果「死んだ男・・・」については、寺田先生の指揮にリードされて自分なりに及 第点と思えるように歌えましたので、そのまま引き続き「Stand Alone」も気持ちよく歌 うことができました。たいへん貴重な体験をさせていただいたとともに、改めて合唱の 楽しさを感じた次第です。 今回のコンサートには、東京から父と妹が来場していて、妹からは「(シンフォが)一 番合唱らしくて良かった」と好評を得るも、「楽譜を振り回している人がいると思ったら 兄だった」「その楽譜の動きが指揮に合っていた」という珍評価ももらったので、次回は 楽譜の持ち方や立ち姿にも気を付けたいと思います。 終わりに、コンサートの事前準備を進められた方、当日の会場進行を務められた方、 影ナレを担当された方、皆様お疲れさまでございした。 次回に向け、少しでも自分のレベルが上がるよう努力したいと思いますので、これか らもよろしくお願いいたします。 いかに生きるか 小松 春美( ソプラノ ) 2026年フォレストコンサートは、出場した10団体の最後が軽井沢シンフォニッ クコーラスでした。昨年は最初でしたが、今年は実行委員会の運営を預かり、実行委員 長の大林さんや事務局長の白枝さんが大活躍され、シンフォの合唱の後、寺田先生指揮 の全員合唱 ( 「手のひらを太陽に」 は私の提案) でコンサートを締めくくったわけです。 そして種々の係の中、私は諏訪さんと影アナ(影アナウンス)を仰せつかり、貴重な 体験をさせて頂きました。その役割は、開演前のアナウンスでは、携帯やスマホなどの 電源オフ、撮影・録音の禁止、非常口の確認など、観客への注意事項の伝達に始まり、 開演時間や内容の案内など進行のサポートです。コンサートの流れは順調で、前半はス ケジュールより20分ほど早く終了しました。影アナの待機位置は、舞台裏中央に影マ イクとステージビデオが設置されたブースです。出番を待つ人達の緊張や騒めきを肌で 感じ、ステージビデオで観るパフォーマンスは客席での鑑賞とは異なります。各合唱団 の個性をはっきり感じたのは、影アナの役得でしょうか。 そして強く感じたのは、各グループによる自己紹介の仕方です。影アナが伝えるの は、グループ・指揮者・ピアニストの名前で、その後に各自が曲目などを伝えます。そ の伝え方が、グループの有りようを示し重要です。最初に楽曲を伝える、或いは曲の半 ばで紹介する、まるでミュージカルのように動き歌いながら客席と交流するなど、個性 的でした。やはり、各自でグループや曲目を紹介するのは、パフォーマンスを通して観
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客に何を伝えたいのか、各自が有するポリシーを表現することのようです。 我々シンフォの一曲目は「死んだ男の残したものは」。厳しい反戦歌は、これまで 様々な歌手の歌を聴きましたが、合唱となると趣が違います。次が「Stand Alone」。 自立して前を向く強さ・希望のメッセージです。どちらも歌う時は、自身の内で「いか に生きるか」をテーマとして歌いました。「 今 」 を生きる喜びを歌唱しながら、この先 何が起ころうともひしと受け止め、自分の人生を全うしようと…。 私の大好きな言葉「凛として…」をしっかり胸に抱きしめて。 「いかに生きるか」… 喜寿を超えた今、迷惑を掛けるとか、明らかに良くないこと は別として、好きなことを思いのままに行い自由に生きることは人生の喜びです。 軽井沢シンフォで皆さんと歌う楽しさは、私にとって大きな喜びです。 2026 軽井沢フォレストコンサートを振り返って 安光 榮子( ソプラノ ) いつも通り今回も、練習時よりもやはり本番の方が全体の出来が良かったと思った私 です。私自身も本番の方が午後遅めの時間だったせいか、声が出るようになっていてよ かったです。ただ、一ヶ所、一瞬間違えたところがあり、焦りました。その後は気を引 き締めて歌いました。緊張感が足りなかったというよりは、昼食のカロリーが足りなか ったなと思いました。来年はもっとしっかり昼食を摂ろうと思います。 今回は、いつも聴きに来てくれてダイレクトな感想をメールしてくれる友人が都合で 来られなかったので残念だなと思っていました。それでも元団員の Y さんが思いがけず 来てくれて「素敵でした。」と言ってくれました。「ラシーヌの雅歌」を軽井沢チェンバ ー・クワイアの皆さんが歌うのを聴いて涙が出そうになったと言ったので、「来年、私 たちも歌うんですよ。」と伝えました。彼女もシンフォ時代に一緒に大賀ホールでこの 歌を歌ったことがあります。 うちのお隣のおばさまには、外国語の歌が多くてなじめなかった部分もあったようで すが、雰囲気を楽しんでいただければと言ってみましたが…。 疲れることもあるのですが、歌える幸せをもっと感じながらこれからも練習していき たいと思うこの頃です。
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「 スマイル!」 岡田 弥生( ア ル ト ) 本番 15 分前、楽屋から舞台裏に移動しているとき、後ろから堂々さんの声が追いかけて きました。「弥生ちゃん、スマイル!」 ん?と振り返ると、堂々さんがニコニコしなが ら両人差し指を唇横にあてて、口角をあげよ、というジェスチャーをして「スマイール! 怖い顔してるよ~」と言ってくれたのでした。 そう言えば去年のステージでは見に来てくれた人から「怖い顔をしてた」と言われたの であった、と思い出しました。堂々さんに言われなければ、今年もまた、こわーい顔して ステージに立つことになったのでした。 なんでこわばった表情になってしまうのか。「うまくいかないんじゃないか」という心配 が先立つせいなのか。一人で歌うわけでもなし、みんなで歌うのだから、そんなに悲愴 な思いになる必要なんかないじゃないか、と反省。薄暗いステージ裏で出番を待ちなが ら、口角をあげて、ニコニコ顔を作りました。 コーロ・ラリーチェの演奏を終えて赤いネクタイをシンフォの黒蝶ネクタイに早変わり する大林さんが、コーロのご婦人たちに囲まれているのを眺めていたら、男声の誰かが 「 大林さん羨ましい」みたいなことを言っていて、私もクスクス笑ってしまい、ニコニコ 顔が作り笑いではなくなりました。 いざステージに出て行ったら、立ち位置がちゃんととれなくて、和佳子先生から「もっ とこっちに」と何度か指示されて、あ~ちゃんと立てなかった、と凹みかけましたが、心 の中で「スマイル!」と呟いて、和佳子先生の指揮を待ちました。 「 死んだ男の残したものは」の冒頭がうまくいったのかいかなかったのか記憶にないの ですが、男声が歌い出したとたん、後ろから響いてくる歌声の圧が心地よくて、ああ、も う大丈夫だ、と心がほぐれていきました。みんなで歌うって、楽しいなあと心から思い ました。 全体合唱も終わって、フォレストコンサートが無事終了。私は暢気に「楽しかった」と浮 かれましたが、この日のために準備をしてきてくださった方々、当日のさまざまな係を 担当なさった方々に心から感謝いたします。おつかれさまでした。ほんとうに、ありが とうございました。 「 合唱祭 」フォレストコンサート 鈴木 雅弘( 小松家ご友人 ) 軽井沢シンフォニックコーラスの皆様、こんにちは。 私は、名古屋在住で、軽井沢シンフォニックコーラス団員の小松夫妻と 10 年以上家族 的な付き合いをしております。
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先日の「軽井沢フォレストコンサート」拝聴させていただきました。私は、小松夫妻の 勧めもあり第1回から連続で。中でも 2024 年の「軽井沢組曲『美しい村』」の美しいハ ーモニーが心に残っています。 今回のフォレストコンサートは、プログラムのはじめから最後まで、合唱を堪能しまし た。各グループの個性がでていて聞いている観客として大変楽しめた内容でした。少人 数のグループでは全体の声量が落ちてしまっていましたが、私は目をつぶり合唱から伝 わる「映像」(私が勝手に想像した映像)を楽しんでいました。よく知った曲(歌謡曲の アレンジ)では、曲が流行った当時のことを思い出したりしました。また、趣向を凝らし た進行をしたグループもあり、大変楽しめました。 楽譜の扱いについても気になりました。今回は、譜面台を使う方、手に持つ方、暗譜で 歌う方などさまざまでした。理想は暗譜かもしれませんが、楽譜を手に持つ場合は、位 置が高すぎたり、楽譜を見るために下を向いたりすると、客席に声が届きにくくなりま す。また、指揮者を見ながら歌えているかという点も大切だと感じました。 私にとって「フォレストコンサート」は「合唱祭」として感じられる催しです。参加グ ループも増えてきたため、今後はグループ・ジョイント合唱や、参加者全員による合唱 が実現すればよいと思いました。 軽井沢シンフォニックコーラスの皆様の益々のご活躍を祈念いたします。 鈴木雅弘さんのご紹介: 小松 照幸( ベース ) 軽井沢生活を始めた10年前、荒れ地で何もない自宅の敷地に、息子達2家族の夏休合宿用 として離れに簡素なゲストハウスを建てました。その第一号のゲストが鈴木さん家族です。 音楽好きな彼は、軽井沢シンフォニックコーラスが参加するフォレストコンサートをこれま で毎回鑑賞され、先日たまたま我が家で立ち話しをされた大林団長から是非にとお誘い頂き、 TUTTI に寄稿されることになりました。 〈 non-title 〉 佐々木 晃 ひかる ( 旧姓・白枝 ) 二年前に大病をし、一時は覚悟までした父が力強く床を踏みしめ、いきいきと歌ってい る姿を見てとても感慨深い想いでした。序盤はそんな気持ちで鑑賞していたのですが、 皆さんの楽しそうに歌う姿と素晴らしいハーモニーに、私自身の中学高校大学と歌に青 春を捧げた思い出がよみがえり、一緒に歌いたい気持ちがうずうずと湧き上がって気付 けば子供を抱いたまま演奏に合わせて体を揺らしておりました。特に二曲目の『Stand Alone』の三部合唱のハーモニーが美しく、男女の声がバランス良くお互いを引き立てて 深みのあるハモリを奏でていて、合唱としてとても完成度が高いと感じました。もう十 年以上も歌から離れていた私の情熱を呼び起こさせてもらった素晴らしい演奏でした。 来年のコンサートも楽しみにしております。
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その夜のこと 白枝 庸介( バ ス ) あの夜は ああすれば良かった こうも出来た と頭が逆巻いて 何時 い つ までも寝付けず・・・ 翌日は 送られて来た6$3310の録画データの展開に悩んだ末に手軽な YouTube 活用を思い つき、勇んでアップロードの手配やら転送準備やらを進めたために なかなか寝られず・・・ 三日目は 「全体合唱」 での見事なトークと指揮に感動し、組曲の今後に胸が高鳴って・・・ 四日目でやっとスイッチが切れたのか ド__ッと疲れが出て ようやくに熟睡できました。 今回 「事務局」を仰せつかり、全てに未経験のことながら 前年の実績をトレースすれば 何とかなるだろうとお受けしました。が、初めての者には “結果の記録” だけでは肝心 の “なぜ?どうやって?” が判らず、ひとつひとつ 経験者に教えを乞いながら 暗中模索 で進めることに。それでも皆さんが温かく協力下さったお蔭で 、皆さんを支える役目を 曲がりなりにも果たすことが出来たかな、と納得はしています。 が、 めんどうくさいこともありましたし けっさんはこれからだし じゅうがつの じねんどひきつぎ がおわるまでに にどあることはさんどある かもしれず あ~ッ つかれる ・・・・ これ ひとりごち ですから ほうねんください その夜『パパ、私たちばかり見てたでしょう!』と娘・・・はい、Stand Alone の後半は 娘に抱かれた初孫に「 声よとどけ!」とばかりに歌いましたので、音量は上がる一方で 和佳子先生からは つい 目を離しておりました$203C(*_*; 初めてのフォレストコンサート 諏訪 悦子( ソプラノ ) 6月14日、軽井沢フォレストコンサートが開催されました。 私にとって、初めての経験でした。 胸を躍らせながらも、本番が近づくほどに緊張も高まっていきました。 人前でみんなと一緒に歌うのは、中学校のクラス合唱以来です。その頃の記憶が、鮮や かによみがえってきました。 本番の日が近づくにつれて、胸の奥がそわそわと落ち着かなくなり、楽しみなような、 逃げ出したいような、不思議な気持ちでいっぱいでした。 それはまるで、小学生の頃、「運動会」が近づくにつれて胸を弾ませていた日々のようで もあり、まだどんな世界が広がっているのか分からない、遠足の前の日のようでもあり ました。
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いつもとは音響の異なる環境で、うまく歌えるか分かりません。 何が起こるかも分かりません。 いろいろな要素が絡み合い、唯一無二の合唱が生まれる瞬間に立ち会えることが、この うえなく待ち遠しく感じられました。 ひやひやするような緊張と、胸が躍るようなわくわくが同居していました。 前日は、早めに20時から横になりました。 けれど、どうにも目が冴えてしまいます。 明日のことを考えないようにしても、頭の中では、ステージのこと、歌のこと、本番の空 気が、まるで頭の奥でスタンバイしている映像のように、次から次へと浮かんできます。 その映像もやがてぼんやりと白みがかり、気づけば浅い眠りに落ち、そのまま朝を迎え ました。 前日に迷いに迷って選んだ栄養ドリンクを飲み、予定通りに出発しました。 車で小松さんのお宅へ伺いました。 小松家の門の前で、温かなお二人の表情が真っ先に目に入り、気持ちが少し和らいだと ころで、三人で軽井沢大賀ホールに向かいました。 コンサート会場の駐車場には、一人、また一人と集まってくる姿がありました。 みなさんは、まぶしいほど明るい日差しに包まれていました。 そして、照り付ける太陽の中で、どなたかの「行きたくなかったー」という声を聞いた瞬 間、半ばほっとして、実は少しうれしくなりました。 屈託のない緊張感が、まっすぐに伝わってきたからです。 「 ああ、同じ気持ちだったんだ」と思いました。 私もずっとそわそわしていました。 穴があったら逃げたいような気持ちもありました。 けれど、みんなも本当は同じように緊張していました。 そう思えた瞬間、その緊張さえも、ひとりで抱えるものではなくなりました。 不安も、戸惑いも、震えるような気持ちも、同じ空気の中に持ち寄っている。 そのことに、私は一体感を感じていました。 光の雫が私たちの頭上で飛び跳ね、きらきらと笑っているようでした。 舞台裏に入ると、そこには客席とは違う 暗く静まり返った神聖な空気が漂っていました。 そこは、小さな音までもが大切に扱われるような場所でした。 舞台を静かに見守る人、誰かの足音、スタッフの方の息遣い、遠くから聞こえる舞台上
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の気配。 そのすべてが、コンサートという大きな流れを支えていました。 丁寧にスケジュールが組まれていても、何が起こるか分からない本番にむかって、それ ぞれの人が慎ましく、舞台の土台を築いていました。 その緊張感の中に、届けたい思いや願いが重なりあっていました。 私は、影アナという重大任務を仰せつかりました。 もともと、私にとって緊張は悩みの種でしたが、小さな灯りに照らされたマイクの前に 座ったとき、ふと小学生の頃の放送委員会を思い出しました。 もしかしたら、緊張をほぐすために、無意識のうちに思い出そうとしていたのかもしれ ません。 その記憶がよみがえり、「あ、きっと大丈夫」と思えました。 本番前の練習で、マイクの前に座って最初の声を発した瞬間、原稿をなぞる指先が小さ く震えました。 その震えまでもがマイクに拾われてしまうのではないかと思うほど、舞台裏は静まり返 っていました。 けれど、言葉を一つずつ声にだしていくうちに、震えはその静けさの中へすっと溶け込 むように、いつしかおさまっていました。 影アナの合間に、各合唱グループの歌声をモニター越しに聴いていました。 画面越しであっても、その声には、ステージに立つまでに重ねてこられた時間と、伝え たい思いがにじみ出ていました。 息を合わせようとする気配。 誰かの声に寄り添うやさしさ。 全員でひとつの音を探しにいく旅路のようなもの。 そのすべてが画面越しにも伝わってきて、胸が熱くなる場面が何度もありました。 その静かな感動は、さざなみのように胸に広がっては、やがて残響とともに静かに引い ていきました。 ステージでのリハーサルでは、いつもと違う音の響きに戸惑いました。 目の前に広がるステージの大きさに圧倒され、少し気後れしてしまった自分もいました。 そこで、本番までに緊張をほぐすため、呼吸を整え、イメージトレーニングをしました。 発表前には、リハーサル室で音合わせができました。
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そこにひろみさんも加わって、音にさらに輪郭が生まれました。 私は緊張していたせいか、いつもよりも音に繊細になれていたようでした。 誰かの息、声の重なり、わずかな揺れ。 その一つひとつを感じ取ろうとする自分がいました。 わかこ先生に背中を押していただいた瞬間、脳のスイッチが本番へと切り替わりました。 いよいよ本番! ステージへ向かいます。 舞台に立つと、スポットライトが私たちを明るく照らし出しました。 一方で、客席はぼんやりとした暗さの中に沈んでいます。 そこに観客がいることは伝わってくるのに、お一人おひとりのお顔までは、はっきりと は見えません。 その見えない客席の広がりが、私たちをより大きな世界へ、むきだしのまま暗闇の宇宙 へ放つように感じられました。 同時に、不安の先には好奇心もありました。 まだ見たことのない景色、どんな世界が広がるのか分からない未来が待っていました。 ホール全体には、目には見えない糸がピンと張りつめていました。 私たちはその細い線の上を、慎重に、けれど確かに前へ進もうとしていました。 一人ではとても歩けないような線の上でも、隣にも背後にも仲間がいる。 前には、わかこ先生がいる。 そのつながりが、私の足元を支えてくれていました。 静けさの中、わかこ先生は、まるで船を漕ぎ出すようにゆっくりと身体を動かしはじめ ました。 その瞬間、私たちはその船に、そっと乗り込みました。 先生の手の動きが風になり、呼吸が波になり、私たちの声がその上を進んでいく。 心の中に、確かな航路のようなものが見えた気がしました。 歌い始めると、安光さんと堂々さんの、意志のこもった美しい歌声が耳に届きました。 (あっ、とってもきれい) 背後からは、逞しい声が響いてきました。 自分の声だけをどうにかしようとしていた緊張が、少しずつほどけていきます。 豊かな歌声に包まれて、私は響きの中にゆったりと身をあずけていきました。 誰かの声と重なり合った瞬間、声は体を離れ、ひとつの景色の一部になりました。 音に輪郭が生まれ、空間に色が満ちあふれる。
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そのとき、私の頭の中には、夜空を一台の列車が走り抜けていくような景色が広がって いました。 不安も、緊張も、それらをすっぽり包み込んでしまうほどのわくわく感も。 そのすべてが必需品として列車に詰め込まれ、まるで『銀河鉄道の夜』を旅しているよ うでした。 自分の声が誰かの声に支えられ、いつか誰かの声を、自分の声で支えられるようになれ たらいいなと思いました。 安堵と、どこか遠くまで皆さんと長い旅をして帰ってきたような余韻が、今も続いてい ます。 〈 non-title 〉 大林 義博( 団長・テノール ) 6 月 14 日(日)3 回目を迎えた軽井沢フォレストコンサートは、来場者 386 名、新しく 2 団体の参加のもと、10 団体が日頃の練習の成果を発表しました。 シンフォニックコーラスは、昨年はトップでの演奏でしたが、今年は実行委員長を引 き受けたことで、コーロ・ラリーチェに次いで最後の発表でした。1965 年(61 年前)の 作品「死んだ男の残したものは」と、2009 年(17 年前)から 2 年間 NHK テレビ特別番 組「坂の上の雲」のメインテーマ曲「Stand Alone」の 2 曲を歌唱しました。来場者の感 想では、「各パートの声が良く届き、混声ならではの選曲により、感動を受けました」と の声や、「来年も必ず聞きに参ります」と多くの方から賞賛のお言葉を頂きました。 今回の開催にあたり、山台の設置と撤収、アテンダー、ステマネ、影アナ等、多くの係 を担当していただき、団員の皆様に御礼申し上げます。お疲れさまでした。 第 4 回フォレストコンサートは、令和 9 年 6 月 27 日(日)に決定しています。 【編集後記】 TUTTI 史上最多の原稿掲載の号となったのでは? お忙しい中、原稿を書いて下さったみなさま、観客の鈴木さんや白枝さんの娘さんまで原稿を お寄せくださいまして、ほんとうにありがとうございました。十人十色と言いますが、こんな にもいろいろな方々が一緒に同じ舞台で同じ歌を歌っているんだなあと、あらためて思いまし た。これからも TUTTI への御寄稿、どうぞよろしくお願いいたします。 (岡田) 第1回フォレコン入場客数 260名 / 第2回 320名 / 今回 386名(事務局:白枝✌)
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