機関紙(TUTTI) | 軽井沢シンフォニックコーラス

浅間山紫

機関紙(TUTTI) | 軽井沢シンフォニックコーラス

REPERTOIRE OF KARUIZAWA SYMPHONIC CHORUS
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緑の音楽祭<6月12日(日)大賀ホール>

今年は軽井沢から7団体が参加し、シンフオニックコーラスは終わりから2番目の順番で、『フニク

リ•フニクラ』と『リパプリック賛歌』を歌いました。比較的よく歌えた感触があり、坂井先生からもま
ずまずという評価をいただきました。しかし後に配布されたCDを聞いてみるといろいろ問題点が耳につ
き、もっとていねいに、しかも力強く歌わねばならないと痛感し、自分たちが歌った録音を聴くことは
とてもいい反省と勉強になると思い知らされました。それでも、『フニクリ•フニクラ』の最後の「へい

!」はきわめつけに力強く、「やればできるではないか」でした。

ゲストの<とうみ混声合唱団>は、人数が33名と私たちの倍近くいるせいもあって、声部のバランス
がとれ、歌に厚みと安定感があり、すてきな演奏でした。信長貴富作曲の「夕焼け」は私たちが石巻で
歌った曲ですけれど、ああ、このように歌うのだ、と感銘を受けました。


第2冋出張演奏会<7月25日(月)木もれ陽の里>

今回の出張演奏会は「木もれ陽の里」からご依類を受けての山張でした。季節にあわせて「七夕さま

」などを採り入れ、最後には北澤さんの追分馬子唄の独唱つきで『宿場さんざめき』を歌い、大きな拍
手をいただきました。歌いながら、お年寄りの皆さんが歌にのってこられるのが感じられ、胸が熱くな
りました。

先回の静山荘のときは、はじめての試みのせいか、出だしがやや緊張気味でしたが、今回ははじめか
らくつろいだ雰囲気で、みなさんと一緒に歌う楽しさを満喫し、「またぜひに」との声に送られるよう
にして施設をあとにしました。


敬老会演奏会<9月19日(月)借宿公民館>

毎年恒例の借宿区の敬老会に出演、このところ連統してお年寄りの皆さんのために歌う事になり

ましたが、考えてみれば、私たちのメンバーの多くも「聴かせていただく」ほうの席にいてもおか
しくないわけで、少し複雑で少し嬉しいような気分でした。『浜辺の歌』『フニクリ•フニクラ』を
解説つきで歌い、問で『小さい秋』を皆さんと一緒に歌いました。今回はいままでの午後ではなく
午前の終わり近くの出番にしましたが、午前中だけで解放されるので貝合がよいようで、お弁当を
もらって心も軽く家路につきました。


孫も楽しむコンサート 遠山美枝子(アルト)

敬老会には、毎年娘が楽しみに来ていて、今年はシンフォが歌ったあと、3歳の孫が廊下で "だ一

れかさんが、だ一れかさんが”とうたっていてびっくり・・・ それどころか、家に帰ってから"フ
ニクリ〜 フニクリ〜 フニクリ〜"と大声で叫んでいたので、皆で笑いしてしまいました。お蔭様で

、娘も孫も、 本当に楽しかったようでした。


“むさしの”歌のコンサート<10月1日 (土)大賀ホール>

武蔵野音楽大学の佐久地城と群馬県在の卒業生たちによるコンサートが開かれることになり、寺田和

佳子先生が指道者の活觔として軽井沢シンフォニックコーラスを率いて出演することになり,私たちは日
ごろのご指導への感謝の思いもこめて参加することになりました。曲は混声が『リパブリック賛歌』、
女声が群馬の「こうる・ゆうび」との共演で金子みすゞの詩による曲「わたしとことりとすずと」「わ
らい」「ほしとたんぼぼ」を歌いました。


武蔵野音大卒業生による演葵会にあたり 寺田和佳子(指揮者}

今回の演奏会は降って湧いたような大賀ホールでの演奏会になりましたが、皆さんにご協力いただき

ありがとうございまいした。今更のことですが、その経緯をお話したいと思います。

私の選挙が終わった年の秋ごろ、突然高柳と名乘り、武蔵野音楽大学で声楽を教えていたという方か
ら電話がありました。彼女の別荘のご近所さんから武蔵野の卒業生が議員になったことを知らされ、コ
ンタクトをとることにしたそうです。電話をいただいた時には、私にはこの名前にまったく覚えがあり
ませんでした。 しかしお会いして話していくうちに、大学時代にいつも一緒にいた友人の先生だったこ
とがわかりました。

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