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軽井沢シンフォニックコーラス
TUTTI 第11号 2019.8.23
♫ 坂井和子先生インタビュー ♫
――坂井先生は、シンフォ創立時からピアノを弾いておられるのですか?
いいえ、「軽井沢組曲」の年からです。佐久レーレルコールで知り合いだった寺田泉さんと和佳子さんから声をかけられて、借宿公民館へ行きました。2007年の2月のことだったと思います。
その時、手渡されて弾いたのが、軽井沢組曲の「浅間大噴火」でした。
――その日初めて渡された譜面を、その場ですぐに弾かれた?
そう。初見でした。子供の頃から初見で弾くのが好きでした。新しい楽譜集をもらうと、初見でどんどん弾いていくのが楽しかったですね。
――「浅間大噴火」の録音を聴いたことがありますが、なんだかおどろおどろしい難しい曲ですよね。
その日は、作詞の星野和彦先生が見学にいらしてました。『美しい村』がどんな曲になったのかを聴きにいらしたんですけど、その時点では、楽譜が届いていたのは、この「浅間大噴火」1曲のみだったんです。大賀ホールで軽井沢組曲『美しい村』が披露されたのはその年の11月のことですから、全14曲を9ヶ月ほどで仕上げたことになります。素人ばかりの合唱団で、よく頑張ったものだと思います。もちろん、臨時の練習もずいぶんやりましたけどね。日曜日の午前も午後もびっしりと練習したりしました。パートによっては、自主練習もしていたようです。普通の練習の時も、ソプラノ、アルト、男声と3つに分かれて練習することも、けっこうありました。
「軽井沢組曲」の年のことでよく覚えているのは、作曲家の若松さんが練習を見学にいらした時のこと。初めて見学にいらした日で、結局その時1回しか来られなかったんですけど、台風の影響で停電してしまって借宿公民館が使えなくなってしまったんです。公民館の薄暗い玄関で、「どうしよう」とみんなでオロオロしましたね。その日は、ソプラノの吉田さんのお宅におしかけて練習しました。吉田さんのお宅ではもともと、女声がパート練習もしていたようです。
――今現在、団員は「城ヶ島の雨」に苦しんでいます。「ちゃっきり節」も難しい。
そうですね。でも、新しい楽譜を前にすると、いつも「難しい」という声があがるようですよ。それでも、難しい曲に挑戦するからこそ、歌えるようになった時の喜びも大きいのではないかしら?
――9月10月と本番が近づいています。アドバイスをお願いします。
まず、なんといっても復習がいちばん大切です。
譜面を隅から隅まで、読み直してください。厳しいことを言うと、ただの「音とり」と「譜読み」は違います。譜面には強弱、テンポ、アクセントなどさまざまな指示がありますから、それをじっくり読んで全体の曲想を掴んでください。歌詞と指示を頭に入れて、それを表現できるように。
お家で、何回も何回も歌いこんで、暗譜するくらいに歌いこめば、自信をもって歌うことができるようになります。
期待してます。がんばりましょう。
(聞き手 岡田)
演奏曲目解説(2)外国語曲 真﨑隆治(バス 団長)
《Jesus bleibet meine Freude》はバッハの数多いカンタータで歌われるコラールのなかでもっともよく知られている曲で、題名どおり、イエスへの信頼と喜びを歌う。
《Lacrimosa》は世の終わりにあたって、生きている人はもとより、普通の意味で死んだ人も、人間のすべてが神の前に呼び集められ、最終的な裁きを受けるというキリスト教の信仰があり、人間はいずれもなにがしか身に覚えのあるものであれば、恐れおののいてその日をむかえ、神の慈悲をひたすら願うという、キリスト教徒にとっては私たちが思うよりはるかに深刻な日を歌った曲。モーツァルトの《レクイエム》の中間におかれているが、彼にとってはこの曲が絶筆となり、以下の曲は弟子の手によるものとなった。
《Ave verum corpus》は、聖体拝領(プロテスタントでは聖餐式)の日にカトリック教会のミサで歌われる曲。聖体(verum corpus)とはイエス・キリストのからだのことで、その儀式では肉としてパン、血として赤ワインが信徒に配られる。<肉・パン>、<血・ワイン>の解釈をめぐる議論はキリスト教の議論のなかでも難解を極め、私たちには分かりにくい。このミサの歌詞はローマ・カトリック教会の解釈によっているが、要は、キリストの慈悲を願い、死の苦悩を和らげ、あわよくば死をまぬがれさせてください、との祈りである。
外国語での演奏に私たちはすでになじんできているとはいえ、やはり大変なことにちがいはない。しかもドイツ語まで加わるのだから、気が重くなる。
しかし外国語で歌うとはネイティヴのように歌うことではない。それは絶対に不可能である。ただネイティヴの人に「あっ、あれだ」と分かってもらえる程度には歌いたい。
そのためにはどうしたらよいのかについては、実はすでに資料に書いて皆さんにお渡ししてある。ただそれは全体的なこととして書いているので、身につけるのは大変だ。そこで今度は日本語と圧倒的に違ういくつかの音をテーマにして、核心部に絞ってお話ししたい。
日本語でいえば、「う」と「え」にあたる母音と、子音が日本語といかにちがう働きをしているか、というポイントである。
たったそれだけのことだが、書くとけっこう長くなるだろう。それと、音の問題は直接その音を聞いていただきながら話すほうがいいように思う。貴重な練習中に15分ほど時間をいただくか、あるいはメモ的に書くことにするか、しばし考えさせていただきたい。
いずれにしても、シンフォの歌う外国語はカタカナ外国語でないことを徹底したい。
🔹ご参考までに🔹「緑の音楽祭」MC用原稿は以下の通りです🔹
今回、シンフォニックコーラスでは、はじめて演奏する2曲をお聞きいただきます。
1曲目は三木露風作詩・山田耕筰作曲『赤とんぼ』です。どなたもご存知の曲ですが、旋律のほとんどがソプラノに集中していて、それが一見ばらばらのように聞こえる他パートと一つにまとまることで、赤とんぼのいる風景が美しく浮かんでくるという、三善晃の面目躍如たる編曲により歌います。
2曲目は北原白秋作詩・梁田貞(やなだ ただし)作曲による日本歌曲の名曲『城ヶ島の雨』ですが、池辺晋一郎の編曲は曲の素晴らしさを引き出すと同時に合唱の難しさを存分に思い知らせてくれます。私たちの合唱の進歩のために、あえて難曲を取り上げました。
🔹編集後記🔹たてつづけのTUTTI 今回もきっちきちで申し訳ありません。