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軽井沢シンフォニックコーラス
TUTTI 第16号 2020.5.18
ぼんやり二題 久保 マサ子 ( アルト )
揺り椅子に座ってぼんやり外を眺めているのが好きなのですが、そのぼんやりした日々にも何か心に兆すことがあるものです。12月に休団を申し出てからもう半年過ぎようとしています。寒風の中を自転車通勤ならぬ通団は、年寄には無理と考えてのお休みでしたが、心ならずも半年もお休みすることになりますと、シンフォの一員であるとの自覚もぼんやりしてきます。ですからこの駄文も、どなたを相手に書いているのか、何を言いたいのか分からないものではありますが、そのぼんやりが私にもたらした「発見」(?)を二つ書いてみます。
その1 「枯れすすき」
朝から冷たい風が吹いて、ストーブがとろとろ燃えている日、CDでピアノ曲を流してぼんやり庭を眺めていました。枯れ葉色の庭に、ひとむら刈り残した枯れススキが揺れています。「正真正銘の枯れススキだ」と思いました。野口雨情の「船頭小唄」を歌ったことを思い出しました。もう飛ばすだけの綿毛も残っていない枯れススキ。真冬の寒さの中に、毅然とするでもなく、たおやかに優雅でもなく、ただ枯れた姿をさらしているだけ。「この世では花の咲かない枯れススキ」悪くないよ!と声をかけたいほどのあるがままの姿でした。しかし、あの歌のやりきれないほどの諦観はどこから来るのかと、思い返してみました。そして、そうだ、この歌詞だ、と思い至ったのです。それは「どうせ」というひとこと。「どうせふたりは」という「どうせ」です。何かするとき、うまくいかない時、失敗した時、「どうせ私は」というのはよくない、自分でもそういう言葉は吐かないようにしようと思ってきたし、子どもにも、それは自己防衛、ごまかしと言ってきました。いくら落ちぶれても「どうせふたりは」はないでしょう? 野口雨情と中山晋平のコンビが生んだ名曲に難癖をつけて、枯れたススキの穏やかさをいいじゃないかこれで、と一人で息巻いている私でした。
その2 「激しい恋」
4月に入って、枯れ庭にもやっと緑が兆してきました。例によってぼんやり庭を眺めていますと、白樺の根元が激しく揺れています。何だろうと目を凝らすと、揺れているのは木ではなく、黒っぽい羽根のようです。開いた扇子を小刻みにふるわせるように、激しくパタパタしています。いったいどうしたの?とそのあたりを見回しますと、その扇子の羽根の前方に、薄茶色のメスの雉がいます。そして扇子をパタパタさせているのは赤いベレー帽のオスの雉。「あ~、春ね」と微笑もうとしたら、メスの雉が、さっと踵を返して反対側へ。オス、追う。メス逃げる。オス再び追って羽パタパタ。メス逃げる。なんと激しく迫っていることでしょう。なんとつれなく避けることでしょう。じっと見ている私って何?二羽の動向を見極めるのは止めて、読みかけの本に戻りました。さてどうなったのかなあ、あの恋の行方は。
こんなことご存知でしたか? 山内 彦太(バス)
丁度昨年の今頃、中学校の合唱仲間で盟友のY君と「今年の10月末までに政権交代があるのではないか」と言う論議をしておりました。 と言うのは過去3回の元号替わりの年には半年以内に政権が交代していたからです。
即ち、明治から大正に元号が替わった時には第2次西園寺公望が退陣して第3次桂太郎内閣が誕生しました。 大正から昭和になった時は第1次若槻禮次郎が退陣し、田中義一政権が誕生。 皆様ご存知のように、昭和から平成に替わった時は竹下登改造内閣が退陣しまれにみる短期政権で終わった宇野宗佑内閣が誕生しています。 元号が替わると政権が崩壊するという、いや実に恐ろしいジンクスがあったのです。 平成から令和に改元された昨年、森友・加計・桜を見る会等々大きく土台がぐらついていた安倍晋三内閣もこのジンクス通りになるのではないかと言う議論をしていたのです。 今や元号が替わってから丸1年が経過し、どうやらジンクスの継続は免れました。 良かったのか悪かったのかは皆様のご判断にお任せいたします。
さて、今年令和2年は新型コロナウイルスの脅威に世界中が晒されています。 私どもシンフォニック・コーラスも活動が断絶され暗澹たる生活を強いられております。 では、過去4回の元号変更2年目にはどんな事が起こったのでしょうか。 明治2年の4月5日には太政官を東京に移すことを布達し、事実上東京遷都が決定しました。 大正2年11月22日には最後の将軍、徳川慶喜が死去し封建制度は名実ともに姿を消しました。 昭和2年3月14日に時の大蔵大臣であった片岡直温が経営不振に陥っていたが何とか持ちこたえていた渡辺銀行について「今日正午頃渡辺銀行が破綻した」と失言して大混乱をきたし、取り付け騒ぎが起こり僅か2ヶ月間で銀行32行が休業・倒産に追い込まれ、所謂昭和金融恐慌が勃発しています。 平成2年12月28日の東証大納会では、時価総額が大発会時の590兆円から365兆円へ約40%弱下落しバブルが崩壊し始めた年でした。
このように元号替わり2年目も歴史に残る様々な出来事が起こっております。
特に今年令和2年は世界中をパニックに陥れ100年にいちど、いやそれ以上の大惨事を巻き起こしております。
皆さん、コロナに負けずお互い健康に十分留意してこの困難を乗り切って参りましょう! 山内彦太(歌を忘れたD O M)
*D O M とはDirty Old Manのこと
遠い国物語(6)「列車の旅」① 真﨑 隆治(バス)
パリにこだわっていてはきりがない。音楽の話もいつになるやら。ここらで一旦パリを離れ、ストラスブールに向かう列車に乗るとしよう。
フランス国鉄(SNCF)のパリ発列車の主要駅はパリ中心部を囲んで各方面に向かう7駅が配されている。駅はホームに到着するとその先に線路がない櫛形ホームで、文字通り「ターミナル」(終着駅・始発駅)というにふさわしく、旅情をさそわれる。
ストラスブール行は「東駅」から出る。そこにパリから東方面、さらにドイツへ向かう列車が集中している。かつては暗く汚らしい印象だったが、それから45年、今は見違えるほど美しい駅に改装されているそうだ。路線数も往時の20本から、入線数30本という壮大な駅になっている。
日本ではホームに入る前に改札口が立ちはだかっている。フランスには改札口がない。歩いて行くといつのまにかホームである。しかしそのまま列車に乗ると大変なことになる。無賃乗車と同じに扱われ、切符を持っていても相当高額な罰金をとられるからだ。ではどうすればいいのか。
どこの駅でもホームに入る付近に1mぐらいの高さで、縦横20cmほどの長方形の箱のようなものが立っている。パリのように大きな駅ではそれが何本もあり、それも整然とではなく、適当に並んでいるような印象がある。「コンポストゥール」と呼ばれる自動改札機で、この機械の上のほうに細い隙間があり、そこに切符を差し込むと、「バチンッ」と音がして切符に日時、場所が印字される。これを「コンポステする」という。これをしないで列車に乗ってしまうと、乗車中に必ずまわって来る検札で罰金をとられてしまう。言い訳は一切認められない。「うっかりしました」「だめ」、「知りませんでした」「だめ」、「日本からきたばかりの観光客です」「だめ」「だめ」! 入国時の税関とのこの違いはなんだろう。もっとも、移民やテロで大きな問題を抱えている現代のフランスでは、あの時のような呑気で優雅な入国など残念ながらあり得ない。
ところで、コンポストゥールは市電の停車場にもある。バスにもあるが、これは運転手の横においてあるのでミスする心配はない。このコンポステ制度は今日でも重視されている。なぜか。憶測でしかないが、フランスでは列車の切符の有効期間が30日間もある。切符購入後に出発日変更はあり得ることだが、日本では駅まで行き事前に変更手続きをしなければならない。新幹線の特急自由席券はなぜ当日限りなのかは理解に苦しむ。購入切符の有効日と同じでいいではないか。フランスでは、指定券は別として、無用な労力を払わずにすむ。また、ホームへの出入りが自由なので荷物の多い旅行者にはありがたい。その反面、長期間有効でホームへの出入りが自由ともなれば、不正乗車の可能性も高くなろう。利用者の便利と悪用防止を両立させるのがコンポステ制度であろう。ここで大事なのはまず乗客へのサービスが図られ、そこから生じるマイナス面を押さえ込む方法を考えていることだ。見事に合理的な制度である。
フランスで多くの優れたものに出会ったが、合理的思考はその最たるものの一つである。たとえば、日本のマンションの階段や廊下の電気のすべてが一晩中ついているのはなぜだろう。それは豊かさではなく無駄遣いにすぎない。フランスでは、暗くなっても廊下や階段の電気はつかない。そこを通る人がいる時、必要な区間の必要な時間だけ自動的に点灯し消灯する。それで何の不都合があろう。
「けちだ」というかもしれない。しかし、けちと合理性は似て非なるものである。
駅で、日本では列車の出入りのたびに大騒ぎする。軽井沢駅など、チャイムが鳴り渡り、日本語で、英語で、それらに割り込むように駅員が大声で叫ぶ。フランスでは到着も発車も一言なにげなくアナウンスがあり、発車合図もどこかで「プー」と短くブザーが鳴るだけだ。それで支障なく物事は進行していく。いまここで何が必要かを考え、不必要なものは排除される。労力をけちるのではない。合理的なのである。
さて、このへんでコンポステをして、列車に乗るとしようか。
◆編集後記◆ 久保さんと山内さんから原稿を頂きました。真﨑連載と併せて充実の16号となりました。おまけにもうひとつ。お家での体操やストレッチが呼びかけられている昨今ですが、合唱団員たるもの、こんなことも、できる、はず!! ・・・真﨑さんに無理やり書いていただきました。(岡田)
◆「できる」日々◆
シンフォの皆さん、ながらくお会いできませんが、元気でおすごしのことと存じます。でも、このコロナ禍、身を寄せあい、息をあわせ、大きく口をあけ、力いっぱい歌おうとする合唱団にとって、そのすべてが禁止ですからたまったものではありません。せっかく歌えかけてきた曲もばらばらになって薄れ、消えていってしまいそうです。そんな思いの日々のなかでため息をつきながらふと思いました。転んでもただでは起きないぞ、 今だからこそできることがあるじゃないか!
ひとりで音取りはできる、歌詞を覚えることはできる、リズムをおちついて数え正しいリズムにちかづけていくことはできる、ほかのパートがどのように歌っているか調べることはできる、CDなどで合唱曲を聴き、曲全体の響き具合を確認することはできる、自分のパートを聞き取ることはできる、他のパートの歌い方を知ることはできる、自分のパートがそこで求められている役割が理解できるようになる。それらが組み合わされて曲全体の意図や表現すべき内容を感じとることはできる。
ほら、コロナの日々は「できる日々」ではありませんか。梅雨明けとともに皆で歌えるようになりたいですね。そとのき、一緒に歌う声が思いもかけないほど素晴らしく響きわたるといいなあ。皆でがんばりましょう! (真﨑)