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軽井沢シンフォニックコーラス
TUTTI 第21号 2020.10.13
おんがくのススメ
#妄想力の巻 寺田 和佳子(指揮)
音楽を共に作り上げる(一緒に・合奏する)「TUTTI」ができなくなって半年以上。
紙面の「TUTTI」だけが私たち合唱団をつなぐものになっています。
いつも、文章を載せてくださる皆様に感謝します。そしてこの誌面を絶え間なく発行するため、入稿の遅れる問題児にも笑顔で接してくださる岡田さんにも感謝します。
さて、今回は仲間と一緒に音楽を楽しめない今だからこそ、やってほしい音楽との向き合い方を紹介します。
音楽の向き合い方と言っても、一人で音楽を聴くわけでも、演奏するということもでもありません。
ここからは、ご自身の中にある妄想力を鍛えるお話です。想像力というよりは、妄想力と私は呼びたい!! これが音楽には必要だと思っています。
実はこれ、一人っ子である私の得意技です。一人っ子は周りの大人を分析します、そして想像し、それが昇華すると妄想になります。
妄想力を高めるためにはあらゆる手段を使います。
例えば、
読書やドラマ・映画を観て、普通では経験できないことを疑似体験します。
演劇や絵画・建築では、空間の感じ方、見せ方を学びます。
陶芸や染色では自然界にある恩恵を肌で感じ取ることができ、ファッションや旅では色の使い方や視覚からの情報が心に及ぼす影響を実感します。
もちろん、美味しいものを食べた時の味覚や嗅覚からの情報もウキウキする感動ありますよね。心揺さぶられるものには飛びついて、分析し、自分なりの解釈やルールを感じ取る。
先ほど挙げたものを時間をかけて、時には友達と、時には一人で黙々と行う。
まさに今、皆さんにやって欲しいことです。
日々の生活やコロナでの自粛生活を言い訳にしない。常に一人で自分と向き合う時間を持つこと、いつも感覚を研ぎ澄ますためには、日々どのくらい心に栄養をあげているか?にかかっています。
そのような状況から新しいものは生まれ、想像力、さらに妄想力が身につきます。
では、なぜ妄想力が必要か?
妄想力は人とのコミュニケーション、ビジネス、社会のあり方全てにおいて必要な力だと思います。それは言葉の通じない人と会話する時、表情やジェスチャーなどから思いを読み解くように、楽譜の声、音楽の声を聴くためです。
例えば、歌の楽譜だと歌詞が書いてあるので理解しやすいでしょうが、歌詞のない楽譜をどのように理解しますか?
指揮者からの指示で、「大切な人を失った時の絶望感を感じて」とか、「遠くからだんだん太鼓が近づいてくる感じ」という指示の場合、この力は遺憾なく発揮されます。
和音とか、調性とか音楽的な分析も必要でしょうが、歌詞のない楽譜も、様々な楽器が書かれているオーケストラのスコアからも、色を感じたり、ストーリーを感じるだけで、面白さが生まれて、もっと深く知りたいと思い始める。
その時が、いわゆる「音楽をする」の始まりです。
皆さんは、「音楽をする」を体験した事ありますか?
心置きなく「音楽をする」ことができる日が来るまで、この妄想力を鍛えていただきたい。
たくさん泣いて、たくさん笑って、たくさん怒る日々をお過ごしください。
【かなんJOY 近況】
軽井沢シンフォニックコーラスは2011年の大震災の折、当団と同程度の規模の合唱団を支援をしようと、様々なご縁から宮城県石巻市の「かなんJOY合唱団」という女声合唱団と巡り合い、その年から2年に一度、お互いの土地で交歓演奏会を重ねてきました。
出会いから8年経つ昨年10月には、軽井沢で4回目の演奏会も行いました。
今年は、来年迎える10周年の記念すべき会をどのようにしたらいいか話し合うつもりでしたが、コロナの影響で練習どころではなくなってしまいました。
軽井沢でも感染者が出るなど、まだまだ見通せない状況ですが当団は練習を再開しましたので、その報告も兼ねて指揮者より団長に電話を差し上げました。
かなんJOY合唱団は7月から少しずつ通常の練習会場である小学校で練習を開始したようです。15名程度いたメンバーですが、その中には日本赤十字病院の看護師が3名、学校の教員が1名いて、彼らはその使命を持つ立場ゆえ、やむ無く休団しているという事です。
しかし、どのメンバーも元気でいるようなので軽井沢の皆さんも、元気で練習頑張ってくださいとのことでした。
今度は、練習の時でもインターネットを介してお互いの顔見られたらいいな!と思っています。
昔の名前は『柄長柄杓』(Long-Tailed Tit) 大林 義博(テノール 団長)
雪の少なかった冬が終わりに近づき、コロナ禍がニュースに流れ始めた2月の上旬、庭に「エナガ」のつがいが「チーチー」「ツリリ」「ジュリリ」とさえずり、頻繁に飛び交う姿を目にするようになりました。
そして3月、庭木の手入れをしようとイチイの木を見ると、この木は剪定をしているので枝が密で、幹が見えないくらい枝で覆われ、この中に隠れているように巣がありました。変わった巣を作ることは知っていましたが、実際に見たのはこれが2度目、樹高1.5mくらいのところにエナガの巣です。
さて、このエナガ、和名は全長14㎝に対して尾の長さが8㎝と極端に長い尾を柄の長い柄杓に喩えたことに由来しています。江戸時代には「柄長柄杓」「柄柄杓」「尾長柄杓」「柄長鳥」などと呼ばれていました。
4月上旬、別荘の庭の地面で落ちたか落とされたエナガの巣を発見。まだ新しくかなり変形はしていましたが、卵はありませんでした。一つは千ヶ滝西区横道下、もう一つは新ゴルフ場に隣接した、いずれも別荘です。
5月上旬、追分地区で建物の周囲の樹木を伐採する作業があり、小枝は処分、幹は薪用にと2m内外にして、トラックで自宅のストック場に運搬し、しばらくして薪(長さ40~50㎝)に切ってもらいました。さて、細い丸太と太い丸太を区別して積み始めると、その中にコブシの木で、径15㎝の幹から枝分かれした樹のまたの間にエナガの巣があったのです。その大きさは横10㎝、縦17㎝内外で幹にしっかりと張り付いていました。コブシの木についているウメノキゴケが巣の表面にも付いていて、コブシの木に同化し、とても小鳥の巣のようには見えない球形で袋状、上部横に穴がありました。何日かして、伐採作業員に「鳥の巣があり、避けて上下で切った?」と聞いたところ、その返事はあることさえ分からなく激しく回転するチェーンソーの刃から逃れて、偶然に巣が残ったということでした。目の前で切断した作業員も気付かなかったエナガの巣、その精巧なつくり(外観)にはただただ驚きです。
このエナガの巣づくりは、ガのマユの糸や、クモの糸をコケや細い草の葉などと絡め、土台や壁をつくり、中は鳥の羽根(300~2,000本)を内側に向くように刺してあり、まさに羽毛の布団です。ここに使われている羽根を調べると、その周辺にどんな鳥が住んでいるか分かります。
このように樹木のまたや小枝に囲まれた場所、外面はコケを張り付けて目立たないよう偽装をほどこした巣もカラス等の襲撃により、繁殖に成功するのは30%に満たないという調査報告もあり、自宅の庭の巣も卵が10個そのままでしたので、産卵後何かの理由で放棄したと思われます。先日も道路上でキジのオス2羽が2mくらいまで近づいても逃げず、縄張り争いかと思いますが、にらみ合いをしていました。30分くらい見ていましたがこちらの方が疲れてしまいました。鳥の世界も私どもには分からない厳しい現実があるようです。
エナガは巣づくりから子育て、オス、メス一緒に行い、また仲間の鳥もひなに餌をあげにくる(ヘルパー)こともあるようです。母親だけが巣づくりから卵を抱き、子育てをするキジ(雉)とは全く違います。数か月の間に4個ものエナガの巣に出会い、落ちていた巣の2つの敷地にはいずれも表面がゴツゴツしていてウメノキゴケが付きやすいコブシの木があり、巣づくりの偽装に適している樹木かと思っています。


イチイの木に作ったエナガの巣 巣はどこにある!?
【編集後記】 9月に退院された大林さんから原稿をいただき、小躍りしました! 犬を連れて毎日歩き回っていますが、なんの発見もないのは、観察力も妄想力も不足している証拠と反省。TUTTI名物の連載『遠い国物語』続編は、来月以降にお預けとなりました。真﨑さんの復帰を切望しております。(岡田)