機関紙(TUTTI) | 軽井沢シンフォニックコーラス

浅間山紫

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REPERTOIRE OF KARUIZAWA SYMPHONIC CHORUS
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軽井沢シンフォニックコーラス

TUTTI  第23号     2020.12.17

 

 

暇人の愚作                                               山内 彦太(バス)

 

年を取るとつい最近のことはすぐ忘れ、昔のこと、それもどうでも良いことは良く覚えているものです。 これも昔の話で、今から約40年前の実話です。 それは私があるドイツ人のバイヤーを銀座のクラブへ連れて行った時のことです。 所謂、今で言う「接待を伴う夜の街」での会食です。 

彼は隣でサービスしている女性に「貴女は大変きれいです、と日本語で言いたいのでローマ字で書いてほしい」と私に頼んできましたので、”Anatawa taihen kirei desu”と書いてやりました。 彼は意気揚々と「あなたは~たいへん~きらいです」と言うではありませんか! 彼女は勿論、私もびっくりして彼に「嫌いではなく綺麗でしょう!」と言うと、彼はキョトンとして私の書いた紙の”Kirei”の部分を指さし「”REI”はライと言うのではないか?」と反論してきました。 

そう言えばドイツ語ではeiはエイではなくアイと発音するのでした。 シンフォの皆さん、覚えておられますか? バッハのコラール“Jesus  bleibet meine Freude”を練習した時、真﨑先生がくださったノート②の中で特殊な綴りと発音としてeiはアイと教えて戴いた事を。

 

次は英語の発音に関するお話。 多くの英国人は”Today”を「トゥデイ」と言わず「トゥダイ」と発音します。 “May”(五月)は「メイ」ではなく「マイ」と言います。 これはかなり有名なジョークでご存知の方もおられるのではないかと思いますが、“I’m going to hospital today” 邦訳すると「私は今日病院へ行きます」ですが、彼らは「アイムゴーイングトゥホスピタルトゥダイ」と言います。 これでは「私は病院へ死に行きます」じゃないですか!  いやはや外国語は難しいですね。 純粋な日本人である私は人一倍痛感しております。

 

くだらない話のついでにもう一つ。

“To be to be ten made to be” この意味わかりますか?

シェイクスピアのハムレット第3幕で彼が呟く有名な独り言”To be or not to be”「あるべきか、そうでないか」に関連した言葉と思われる方、そうではありません。 グーグルの翻訳で調べてみますと「10になること」と出ていますが、これも違います。 

正解は「飛べ飛べ天まで飛べ」でした。 お粗末!       

 

 

終わらない夕焼け                                                  岡田 弥生(アルト)

 

2000年の夏、モスクワで働いていた私にある晩、電話がかかってきました。「岡田さん、明日からキジー島に行きませんか」 モスクワ在住20年以上のHさん。モスクワ放送勤務のかたわら日本からの取材班のコーディネートもしている方です。Hさんによれば、雑誌の取材班が木造教会で知られたキジー島に行く、海軍放出の小船をチャーターするのだが、もう一人乗船できるとのこと。「行きます!」と即答しました。モスクワの職場はふだんは日本人スタッフは1名だから休日なし、モスクワ市内の劇場に行くことさえできない環境だったのですが、この時はもう一人、日本人スタッフがいたので「明日からキジー島に行く!」という無茶ができたのです。

 翌日の夕方、長距離寝台列車がモスクワの駅からゆっくりと出ていきます。駅構内で働く人たちが仕事の手を止めて長距離列車が出て行くのを眺めています。通路に立って窓からその人たちを眺めている私は、もちろん、彼らに手を振りました。もちろん、彼らもゆるゆると手を振って笑顔を向けてくれました。

「旅だーーー」と涙腺がゆるんでしまいます。季節は夏。時刻は午後6時頃だったでしょうか。夏至の直後だったので、太陽はまだまだ空の高いところで輝いていました。

列車はサンクト・ペテルブルクを深夜に通過し、翌朝ペトロザボーツクに到着。カレリア地方のオネガ湖のほとりの町です。

 ペトロザボーツクからキジー島までは、高速船に乗れば2時間程度ですが、今回チャーターした小さな船では数時間かかりました。ペトロザボーツクを夕方に出て、湖に点在する小さな島々の間をゆっくりと進み、キジー島の木造教会のタマネギ型のドームが見えてきた頃、空が夕焼けに輝き始めました。雑誌の取材班は船の上で地団駄を踏んで「早く島に船をつけてくれ。夕焼けが終わってしまうじゃないか」と焦りまくっていました。船は木造教会群を横目に通り過ぎ、島の反対側の小さな入り江に停泊しました。船から転がり降りる取材班。私が降りた頃には、もう、取材班の姿は見えなくなっていました。「撮影ポイント」を探して走って行ってしまったようです。

 夕焼けが広がっているとはいえ、時刻はすでに深夜ですから、集落の住民は寝静まっている時間です。入り江のそばには数軒の家がありましたが、だーれもいない。集落を抜けると野原が広がっていました。歩いて行くと、甘い香りに包まれました。私の足に踏まれた草が香っていたのです。小さな野の花たちが咲き乱れる野原はゆるやかな丘になり、その丘の向こうの空が黄金色に、茜色に、橙色に、染まっていました。視野の端から端まで、横に長く広がる夕焼けでした。そしてその夕焼けは、いつまでも終わらないのです。沈むはずの太陽が沈まないのです。太陽は空の低いところを横に移動するだけなのです。このあとしばらくして太陽は地平の下に隠れて夕焼けも終わりましたが、空は薄明を保ったまま。ほどなくまた姿を現して空を朝焼けに染めることになります。初めての白夜体験でした。

 冬至に向かって日に日に昼間の時間が短くなるこの季節、キジー島は今頃、どんなだろうと想像します。お昼前くらいに朝焼けが始まって、ながーい朝焼けが終わると、少しだけ空の明るさが増して、またすぐに夕焼けが始まるのかなあ。

 朝焼けも夕焼けも、毎日見られるものではありません。だから、あの夏、私が終わらない夕焼けに出会えたのは、ほんとうに運のいいことだったと思います。

 私の人生、自分の意思でがんばったことよりも、向こうから転がり込んできたことに「ひょい」と乗った方がうまくいく、というのが実感なのですが、キジー島はまさに、その「ひょい」の典型でした。行きたいと計画したのではなく1本の電話で連れて行ってもらえることになったキジー島。だーれもいない野原。絢爛豪華な夕焼け。静かな、まさに恩寵のような時間でした。

 

【編集後記】 

 お待たせしました。山内原稿の再登場です。To be to be 私は見事に引っかかりましたが、皆さんは正解でしたか?

 真﨑連載は、今回もお預けです。意欲はあるのだけれど、文章を考えているとひどく疲れるとのこと。お医者さんからも、療養期間中はあまり考えてはいけないと言われたそうです。健康第一ですから、意欲が満ちてくるのをゆっくりとお待ちしましょう。

 原稿が足らなかったので、不肖オカダが、冬なのに夏の思い出を書きました。

皆様のご寄稿、お待ちしております!!!!                                                           (岡田)

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