機関紙(TUTTI) | 軽井沢シンフォニックコーラス

浅間山紫

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REPERTOIRE OF KARUIZAWA SYMPHONIC CHORUS
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軽井沢シンフォニックコーラス

TUTTI  第34号     2022.1.15

 

遠い国物語(12)アルザス語       真 﨑 隆 治(バス)

 

 アルザス語はゲルマン民族の一方言であるから、フランス語とは全く関係なく、ドイツ語にやや近いと言える。それでも標準ドイツ語とはだいぶ違いがあり、やはりアルザス語というしかない。たとえば英語のI am にあたるアルザス語は イック ベンであり、ドイツ語は イッヒ ビン、フランス語は ジュ スイ である。もう一例、「おはよう」のフランス語はボン ジュール、ドイツ語はグーテン モールゲン、アルザス語がギュエタ モーリアといった具合だ。

 アルザス語は完全に話し言葉で、もともと文字はなく、文法もない。初めてストラスブールに行った1975年、アルザス語で書かれた本は多く出版されていたが、それらの文字は発音をローマ字にあてはめて書いたいわば万葉仮名的アルザス語綴りで、正規の綴りとか標準の綴りといったものではない。江戸時代の軽井沢在住の村人の言葉を考えてみよう。文法も辞書も文字もなしで暮らしていたはずだ。1984年に訪れたときには、ごく薄い「文法要領」程度のものや、辞書とはいえない基本単語集らしきものを目にしたが、それもごく短命で消えてしまった。1990年頃にはアルザス語そのものが消滅してしまったからである。

 その理由は3つほど考えられる。第一にアルザスを異国間で奪い合うといった状況が考えられなくなったこと。第二に母国語は家庭で両親が話すのを聞いて幼児が覚えていくものだが、交通の発達で両親がアルザスの人同士ではない場合が多くなり、そうなると家庭内言語はアルザス語でなくなる。そしてもう一つ、最大の理由はアルザス語のような極めて狭い地域でしか通用しない言語では現代の国際社会で生きていけないからである。そこでアルザスの人々はフランス語を母国語とするようになった。

 1975年のアルザスの街角にはアルザス語の話し声がそこここに陽気にあふれていた。また、アルザスの友人たちはアルザス語とフランス語をちゃんぽんに話していた。ちゃんぽんというのは、あるところまでフランス語で話していたのが突然アルザス語になったり、その逆のことが日常的におこる、ということである。まったく異なる二つの言語を違和感なしに切り替えて話している不思議さは、単一言語の国で育った日本人には理解出来ない現象だった。

 どうしてそのようにちゃんぽんに話すのかと尋ねたところ、フランス語で話しているとして、途中でアルザス語のほうがよりよく表現できる言葉にぶつかると、そこから自然にアルザス語で話が続けられるのだという。そこには異言語に切り替えたという意識がまったくないそうだ。

 一つの国の言語には他の言語に翻訳不能な言葉がある。言葉の意味は語れるとしても、その言葉に固有の息づかいとか雰囲気とか、意味をこえて漂う命を伝えることはできない。「古池や蛙飛びこむ水の音」は翻訳不能であり、意訳しかできない。

 文化は言葉によって創りだされる。言葉は人々に生きる力を与える。アルザス語はアルザスの人々の生きる糧として1600年余も続いてきた。アルザスは歴史のなかで、ドイツとフランスの国籍に何度となく変更され、その都度敵性言語の使用を禁止されてきた。しかしアルザス語を話すことでその難をまぬがれたのである。

 言語によって与えられた生きる力は、危機を乗り越える逞しさも付与してくれる。

18世紀末、アルザスがフランス国籍であったとき、パリで革命がおこり、国王ルイ16世は妻のマリー・アントワネットと共に処刑された。また人民の自由を縛りつけるものとしてローマカトリック教会は否定され、攻撃の的になった。ストラスブールには大きなカテドラル(司教座のあるカトリック教会)があった。これについてはいずれ稿を改めて触れるが、フランスを代表するすばらしいカテドラルの一つである。ストラスブールに乗り込んできた革命家たちは、このカテドラルを反人民の象徴として破壊しようとした。あわやという時のある朝、カテドラルの高い塔にブリキ作りの巨大な帽子がかぶされていた。その帽子は革命家たちがかぶっているフリジア帽だった。だからこのカテドラルは革命家であるというのだ。革命家である教会を革命家たちは破壊できなくなった。

 不当なものに打ち勝つ言葉の力をイギリスではユーモアといい、フランスではエスプリという。アルザス人が発揮したエスプリの例をもう一つ挙げておこう。

 第二次世界大戦でアルザスはナチスドイツに占領された。フランスでは上で述べた18世紀の革命を記念する7月14日(独立記念日=パリ祭)にすべての町で赤・白・青のフランス国旗が飾られる。ナチス支配下では勿論禁止だ。ストラスブールとて例外ではない。しかしストラスブールの市民は考えた。7月14日の朝、すべての家の窓に赤と白と青のシーツが干されていた。

 

 アルザスに最後に行った1995年には、通りでアルザス語の声は一つも聞こえなくなっていた。1600年以上にもわたりこの土地の人々が用い、困難のなかでも自分たちの独自性を保つ力を与えてきてくれた言語である。それが僕の目の前でわずか50年で消滅してしまうとは!

 いまはフランス語で生きる21世紀のアルザスの人々がフランス語を自家薬籠中の言語とし、しかもアルザス語をばねとした新鮮なフランス語を駆使して、新たな歴史を切り開いていくだろうと信じている。

 

 

TUTTI  シネマチャンネル③   投稿 グルモン

 

不定期でオススメ映画紹介をしておりますグルモンです。

感染警戒レベルが5に上がり、また映画に行きにくい雰囲気になっていますが近場であまり人が来ないかもしれない映画館での作品をピックアップしてご紹介します。

中には、まだ私も観ていない作品もありますので、ご一緒にいかがですか?

<上田映劇> http://www.uedaeigeki.com/

上田市にある小劇場。シートが古くて硬いのが難点。快適に過ごすためにはクッションなど快適鑑賞グッズを持ち込んで鑑賞してください!!

 

『空 白』   http://www.uedaeigeki.com/now-showing/10160/

1月8日から1月28日まで

𠮷田恵輔 監督

スーパーで万引きしようとした少女が、店長に見つかりそのまま店から逃走した。追いかける店長から逃げる途中で、少女は車に轢かれ亡くなってしまうところから物語が始まります。少女が突然飛び出した際、運転していた女性と追い詰めた店長、そして父親の3人の人生が同時に進行する複雑でありながら、心理描写がとても見逃せない映画です。

店長はメディアやお客の偏見・思い込み・勝手な倫理を押し付けられます。ワイドショーや面白半分の報道が人々の心理や行動を操る社会をそのまま映し出しています。

一方、娘の死から父親は今まで見ることがなかった、いや気にも留めなかった娘の一面を知ることになります。父親はいじめがあったとして怒りの矛先を学校へ向け、同時に店長にも様々な疑いを向け執拗なまでに追い詰めます。家族だから全部理解しているのだろうか?大人の事情・タイミングで子供の言葉を遮っていないか?と多くの人が自分自身に問いたくなる作品です。

 

『香川1区』  http://www.uedaeigeki.com/coming/10415/

1月29日〜

大島新 監督

“問われたのは、一人ひとりの民主主義”

10月31日 衆院選の香川1区でのドブ板選挙と自民党の強さの理由がわかります。

衆議院議員・小川淳也氏の初出馬からの17年間を追った『なぜ君は総理大臣になれないのか』の続編と位置付けの作品としてお楽しみください。

 

『ボストン市庁舎』  http://www.uedaeigeki.com/coming/9619/ 約4時間半

1月15日から1月28日まで

1月22日(13時から19時)には上田市長を迎えトークイベントがあり、私も観に行きます。「ボストン市庁舎」から「市民のための市役所とは?」  是非ご一緒に!!

 

【編集後記】 残念ながら町の警戒レベルが5に上がり、シンフォの練習も再び自粛となってしまいました。

練習再開までの間、TUTTIもできるだけ毎月お届けしたいと思います。

ミニミニハングル講座 「寒~い」は、「ちゅぷた~」 「ちゅお~」 と言います。

寒さが続きますが、みなさま、どうぞご無事で。(岡田)

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