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軽井沢シンフォニックコーラス
TUTTI 第37号 2022.4.29
浅 間 山 山内 彦太(バス)
私自身相変わらず憂鬱な日々を過ごしておりますが、団員の皆様は如何お過ごしでしょうか?
3月21日に「まん延防止等重点措置」が解除となり、やれやれひと段落かと思いきや、県独自の感染レベルは6の「まん延」からレベル5の「厳重警戒Ⅱ」へ一段階下がっただけで、とても合唱練習が出来る環境には当分なりそうにありません。軽井沢に於ける感染者も連日10名前後発生しており、第7波に突入するのではないかと大変危惧しております。
今年の冬は例年になく寒さが厳しかったですが、3月下旬には暖かくなり枯葉に埋まった地面からアズマイチゲも昨年より一週間遅れながら開花し、愈々春の訪れかと喜ばせたのも束の間、4月に入ると同時に2回も雪が積もりビックしましたが、その直後は春を通り越して初夏のような陽気になり、天候も我々を馬鹿にしているようです。
私の性分には全く合わない蟄居のような生活で相変わらずテレビ漬けの毎日ですが、一日中ウクライナの目に余る惨状や、浮腫んだ顔の悪の権現-プーチン―の映像、小さな子供もあきれるようなロシアの理不尽な言い分等ばかり見せつけられると、腸が煮えくりかえり、ますます気が滅入ってしまいます。
そのような中、先日岡田さんから送って戴いたTUTTI第36号の伊藤さんの寄稿文「浅間山」を読みました処、確か今から丁度60年前、私の青春時代に「浅間山」と題する自作の歌を作ったことを思い出しました。楽譜はすでに何処かへ行ってしまいましたので、暇にまかせて記憶を辿りながら再生を試みました。歌詞は下記の通りです。
黄金色のススキの原の
その奥深く一際高く浅間山
白く輝く初雪を
頂にうけ遠くを望む
嵐猛れども怯まぬ姿は
優雅で強い浅間山
茜色の夕焼雲が
浅間を覆うころ鳥は家路へ
ススキの群れは優しく揺れて
賛美の歌を唄ってる
ああ、偉大なるかな
ああ、偉大なるかな
浅間山、浅間山!
伊藤さんは御代田町のベーカリー・カフェ「ココラで」付近から見る浅間山の景色がお好きだと書かれております。私も同感ですが、上記の詞は昭和37年11月に友愛山荘と言うユースホステルを訪れた折、矢ケ崎踏切(当時、信越本線で碓氷峠最後26番目のトンネルを出て軽井沢駅に向かう所にありました)を渡って矢ケ崎山方向に登って行った場所で作ったものです。今まで一度も公にしたことのない「浅間山」と言う自作の歌です。旋律はどういう訳か覚えていましたので急に楽譜を再生してみようと思いました。これは正にコロナで蟄居生活を強いられたが故の産物です。伊藤さんの寄稿文の題名が「浅間山」であった事が引き金になったのも事実です。
再生した楽譜を添付しますので興味を持たれた方は歌ってみて下さい。途中で短調の響きを取り入れたりしましたが、若き日の豊かな?感情の表れだと自負しております。
最後に「自分で作った詞やメロディーは半世紀以上過ぎた後までも覚えていられるものだなー」と感心しております。認知症になる前に楽譜を再生できたことはコロナ様のお陰と複雑な気分です。
令和4年(コロナ3年) 灌仏会
【編集後記】 先月号の伊藤さんの「浅間山」が引き金となって60年前!!の歌が甦ったとは、なんと幸せな連鎖でしょう。22歳の山内さんの心に沸き上がった言葉とメロディー、練習再開のあかつきには皆で歌ってみたいですね?
以下はお詫びです。先月号の3頁目冒頭、伊藤さんの「浅間山」の文中、「数年前からスキーを初めていて」は、「始めていて」の間違いでした。掲載前に気が付かなくて申し訳ありません。編集者時代も校正ミスの常習犯でありまして、実は以前、山内さんの原稿のタイトル「暇人の愚作」を「愚策」としてしまいました(TUTTI23号 2020.12.17発行)いまさらですが、あらためてお詫びいたします。(岡田)
