軽井沢シンフォニックコーラス
TUTTI 第 38 号 2022.5.30
故郷の山々 安光 榮子(ソプラノ)
浅間山のお話を前回、前々回と読ませていただいたので、私も子どものころか
ら馴染みのある山の話を書かせていただきます。私の実家は佐久市岩村田から東
へ4km ほど入ったところです。実家の北側の部屋から北を臨めば、近くの小さ
な山の裾が重なり合った窪みに浅間山が見えます。実家の東隣が旧小学校(当時
は通っていました)の校庭で、そこからはもう少し大きめに浅間山が見え、子ど
ものころ、結構大きな噴火があった際は家族や近所の人たちが校庭に出て来て噴
煙を眺めたものです。
実家からちょっと西に行けば、通称お供え山が見えます。蓼科山と手前の山が
重なってお供え餅のように見えるのでそう呼ばれているのです。冬に蓼科山に雪
が積もると供え餅の上のお餅だけが白く見えるのです。
さらに西に実家から2km ほどのところに中学校や長野牧場があります。その
辺りからは八ヶ岳もよく見えます。南に八ヶ岳、北を見れば浅間連山が見え、こ
こから見える浅間山は好きな姿の一つです。スキー場のパラダを右に見て回り込
んで橋の辺りから見る浅間山は近くなるのでさらに雄大ですね。
さて、今はどうか知りませんが私が中学生だったころは学校行事として八ヶ岳
登山がありました。思い返すとよく登ったものだと思いますが、病弱と言われた
私でも大した苦もなく登った気がします。よほどゆっくり登ったのでしょうか。
コースは稲子の湯から歩き始め、途中、オーレン小屋に一泊し、二日目に尾根を
歩き、横岳、赤岳まで歩いたと思われます。オーレン小屋では早朝、どんぶり一
杯のお味噌汁が供されましたが私には食べ切ることができませんでした。途中の
食事は家を出発する時にリュックに入れた梅のおにぎりです。15 個以上はリュ
ックに入れておくように学校から言われていた記憶があります。梅は母が漬けた
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佐久地方特有(?)のカリカリ梅をきざんだものです。
最後の山頂登頂では希望者だけ登り、他の人は休んで待っていました。私は病
弱だと言われていたので自重してしまい、待ち組に入っていましたが、今思えば
登れたなあと思っています。当時の佐久地方の子どもたちは野山を駆け回ってい
ましたので。皆が赤岳まで登ったのか、横岳までだったのか記憶が定かでありま
せん。引率の先生が何人かいましたが、私の後ろには国語の先生がいました。大
丈夫かと声をかけられ、足の運びがより慎重になったのを今も憶えています。
浅間山やお供え山、八ヶ岳はいつも近くにあり、今も車に乗っていて、目の前
に現れれば必ず見やってしまう故郷の山々です。浅間連山の私の好きなビューポ
イントをあと二箇所紹介します。一箇所はサンピアという、今は老人ホームにな
っている建物のレストランと温泉からの眺めです。以前はサンピア佐久という温
泉ホテルでした。今もレストランと 5 階の大浴場は確か一般の人も入れるはずで
す。高台にあるので佐久平を一望し、その向こうに浅間連山を見ることができま
す。もう一箇所は佐久病院からの帰り、QBB の工場を左に見るように農道に入
り、踏切を渡ったあと左折すると正面に浅間連山を遠望するのですが、ちょうど
今の時期、お田植えされた田んぼを両側に見、蛙の合唱を聞きながら浅間山に向
かって直進していくのが気持ちいいです。いずれにしてもよく晴れた日に限りま
すね。
遠い国物語(13) 真﨑 隆治(バス)
ヴォージュ山脈の北端のちょっとした隙間をぬうようにして列車はアルザス
平野に入る。平野といっても、フランス側のゆるやかな起伏がのったり広がって
いるのとちがい、20 から 30 キロほどのはばの平地の西側をヴォージュ山脈、
東側はドイツのシュヴァルツヴァルト(黒い森)の山並みが限り、真ん中をライ
ン川が流れている。要はライン川がアルプス山中から運びこんできた土砂の堆積
でできた広い谷間の土地である。だがヴォージュの麓ぎりぎりに沿い南下する列
車の左側車窓からの景色は、彼方に山の連なりを見る大きな平野と見えるが、ど
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こか閉ざされた感がある。やがて左手はるか前方に1本の塔の先端が見えてくる。
高さ 142m のストラスブールのカテドラルである。これを目にした旅人は「ア
ルザスだ!」と実感する。その理由はいずれとして、ここでは「ストラスブール」
という町の呼び名に触れておきたい。
Strasbourg はフランス語の発音規則からすると「ストラスブール」であるが、
アルザスの人々はストラズブールとスを濁る。アルザス方言であるかと思ってい
たが、どっこいパリでも駅の放送や改札など皆ズと言っている。となれば、正し
い発音は「ス」であるが、日常的には「ズ」なのだろうか。東京っ子である僕は、
朝日新聞を「アサシシンブン」と言い、「アサヒシンブン」と言うには特別の努力
がいる。このような ことが「ス」と「ズ」にはあるのかもしれない。そもそもス
トラスブールはドイツ語のシュトラースブルクをフランス語化したものである。
現地にきてなじんでみると、「ストラズブール」のほうが発音しやすくなるが、本
稿ではお行儀良く「ストラスブール」にしておく。
ストラスブールはフランス十大都市の一つで、郊外をいれた人口は 30 万人余、
フランス最東部の都市だ。列車が入ったホームはここでも高さ 40cmほどで、線
路に飛び降りてひょいひょい行きたいところだが、そんなお行儀の悪いことは誰
もしないで、長いホームに二箇所ほどある階段で地下道へおりて線路の下を歩き、
面倒だという顔もせずに階段をのぼり、改札口に進む。日本での印象ではフラン
ス人はなにかとルーズで、よくいえば合理的で、安全とみればなるべく近道した
がるように感じられていたが、現実にはなかなか律儀である。慣れるにしたがい
こうしたことはほかにもいろいろ発見され、たとえば男女間の関係もいい加減で
なく、むしろ厳格である。本当のところはその土地に行ってみないと分からない。
外国人と交際するとき、風聞から得た先入観はすてて、直接素直に接することが
大切である。国際紛争にしても同じであろうか。
【編集後記】伊藤さんの「浅間山」からのやまびこ、今号では安光さんの故郷の山に届
きました。ありがとうございます。お待ちかね「遠い国」再開。ストラスブール、スト
ラズブール。次回には町に入っていくとの予告を頂いていますが、その次号、6月から
練習再開になるので、発行は少し先になりそうです。(岡田)
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