機関紙(TUTTI) | 軽井沢シンフォニックコーラス

浅間山紫

機関紙(TUTTI) | 軽井沢シンフォニックコーラス

REPERTOIRE OF KARUIZAWA SYMPHONIC CHORUS
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私のクラシック音楽鑑賞歴 佐々木 毅( テノール )


東京から軽井沢に引越して 4 年ほどが経ち、何か新しい趣味でも始めようかと思案
していたところ、ご近所の小松夫妻にお会いする機会があり、軽井沢シンフォニック
コーラスへお誘いいただきました。歌といえばカラオケ経験 (最近はやっていませ
ん!)しかなく、上手く歌えるか、それ以前に👉が出るか不安もあったのですが、思い
切って参加したことで楽しい体験をさせていただいています。皆さんに合わせていけ
るよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。

今回は自己紹介として、私の音楽趣味について書かせていただこうと思います。
歌う経験は無いに等しいのですが、一方聴く方はクラシック音楽鑑賞歴は 50 年以

上となります。クラシック音楽好きだった父親( 94 歳で健在!)の影響なのか、小学生
低学年から小さなレコードプレイヤーで聴き始め、この頃に家にあった SP レコード
の中で覚えているのはワーグナーの「タンホイザー大行進曲」。冒頭の軽やかな旋律
が、幼少期の鑑賞の記憶となっています。

その後父親が奮発して 4 チャンネルステレオを購入したこともあり、それからは毎
月に 1 度か 2 度、仕事帰りの父親と駅ビル ( JR 蒲田駅:東京の南のはずれです )で待
ち合わせをし、駅ビルの中にあるレコード屋さんで1~2枚、自分の選んだレコード
を買ってもらうようになります。 そして、一緒にご飯を食べて帰るという 父と子の
コミュニケーションが続いたのでした。この頃は初心者がよく聴くドボルザークの

「新世界交響曲」 を始め、モーツアルト、ベートーベン、チャイコフスキー、メンデル
スゾーンの交響曲、3大ピアノ協奏曲、3大バイオリン協奏曲など、どなたでも一度
は耳にしたことがあるような有名曲を中心に聴いていました。とくに「新世界交響曲」
とチャイコフスキーの交響曲第 6 番「悲愴」は繰り返し聞いていた記憶があります。
中学生になるとクラブ活動中心(小柄ながらバスケットボール部)となり父親との

コミュニケーションは少なくなりましたが、主に古典派からロマン派の作曲家の管弦
楽曲の鑑賞がメインとなっていた時期でした。

高校に進学すると、それまでほとんどクラシック音楽しか聴いてこなかった私は、
友人の音楽話に全くついていけないことに気が付くことになります。それに驚愕した
私は「これはいけない」と思い、流行りの歌謡曲や友人が傾倒する音楽にも少し興味を

もって聴くようになりました。クラシック音楽以外のジャンルが広がった時期ですね。
クラシック音楽鑑賞の趣味では仲間ができないままでも、大学生時代には鑑賞する

曲に少し変化が出てきたと思います。それまでメインだったロマン派の管弦楽曲に飽
き、次第にドビュッシーやラベルなどの印象派の管弦楽曲(ドイツ系からフランス系
への移行?)を鑑賞するようになっていきます。また、器楽曲としてベートーベンや
ショパンなどのピアノ曲も聴くようになったのもこの頃です。(ショパンの曲を弾け
るようになりたい願望から楽譜を買ったりも)

社会人になって初めて実家から離れて一人暮らしの時に、最初のボーナスで
PIONEER のシステムコンポを購入。その後アンプやプレイヤーは何度も入れ替わる
中、スピーカーだけは今でも自宅に鎮座して現役で音を出してくれています。社会人
以降はジャズやフュージョンなども鑑賞レパートリーになってきましたが、クラシッ
ク音楽については聴いて心地よい美しさよりも、次第に新しい試みや複雑な要素を持
った楽曲を好んで探すようになり、ブルックナーやマーラーの長大な交響曲、加えて
近代から現代の作曲家の楽曲にどんどん興味が移行することになりました。ストラビ
ンスキーのバレエ音楽(「春の祭典」に衝撃!)、プロコフィエフの交響曲や協奏曲(諧
謔の新感覚!)、バルトークの協奏曲や弦楽四重奏曲(斬新さの発見!)、ショスタコ
ーヴィチの各作品(交響曲手法に驚愕!)、ペンデレツキの各作品(代表作に唖然!)
などなど。(好みが東欧やロシアの作曲家へ向かった時期?)

そして、「死んだ男の残したものは」を作曲した武満徹の、尺八とオーケストラによ
る「ノベンバーステップ」も感銘を受けた曲の一つ。近代及び現代作曲家については
比較的多く聴いており、自分でもこの分野のオタクかなと思っています。

さて、40 代までは👉楽曲にほとんど興味がなく、👉楽が入る曲としてはベートーベ
ン合唱交響曲やモーツアルト「レクイエム」くらいしか聴いていませんでした。しか
し、50 代になると人の歌👉の美しさに目覚めて、オペラのアリア等も少しずつ聴くよ
うになり、その延長で「オペラは総合舞台芸術なのだから劇場に見に行かなければ」
と思い立ち、東京オペラシティコンサートホール(西新宿)にも足を運ぶようになり
ます。そこではリヒァルト・シュトラウス「サロメ」、プッチーニ「蝶々夫人」「トス
カ」「ラ・ボエーム」、ベルディ「椿姫」などを鑑賞し、オペラ好きになってしまいま
した。今では劇場に行く機会も少ないので DVD で我慢しています。(オペラだけで
なくストラビンスキーのバレエ音楽等もDVD で所有)

これまで数多くの作曲家を鑑賞してきた中で、今では一番好きな作曲家はショパン
で、聴くだけに飽き足らず少しピアノを弾いたりもします。クラシック音楽がお好き
な方がいらっしゃいましたら音楽談義など出来たら幸いです。また、聴いていない作
品もまだたくさんありますので、ご存じの方には教えていただきたいとも思います。
バッハ、シューベルトなどの大作曲家も多くの作品があるにもかかわらず後回しにし
てきました。モーツアルトやベートーベンも一部の交響曲以外はあまり聴いていませ
ん。これからもクラシック音楽を聴き続けていきたいと思います。

「スカラベ」 は 「ふんころがし」 大林義博( テノール )


南フランスの貧しい農家に生まれたアンリ・ファーブル(1823~1915)は 47 歳を
過ぎてから昆虫の細かな生態観察を始め、56 歳で『昆虫記』第一巻(1878)を、84 歳
で全十巻が完成しました。非常に多くの昆虫が取り上げられている内容ですが、特に

「ハチ」 類と「糞虫」 に関するものが特出されます。

「糞虫」 には、糞の中にもぐりこんでそのまま食べるもの、糞の下に縦穴を掘って、
その下に運び込むもの、ざっくりと切り取って球形にして、よその場所へ転がしてい
くもの・・・など、コガネムシ科の昆虫は全世界に 30,000 種いると言われています。

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糞虫の中でも体長約3㎝と大きなタマコロガシはタマオ
シコガネ、フンコロガシと名付けられ、その習性が面白く紹
介されています。『この虫はヒツジやウシ、ウマやラクダな
ど草食獣の糞をギザギザの付いたスコップのような頭でけ
ずりとり、前足 2 本で後ろへ送り、後ろの 4 本の足でギュ

シが向こうで転がしています。やっぱり どろぼ

う でした。タマコロガシは どろぼう だらけです。やっと取り返したタマコロガシは

穴の中に玉を入れ、自分も入って穴の入り口を掘った土でふさぎ、誰にも見つからず
安心して糞を食べ始めました。なんと 12 時間以上も食べ続け、針金のような糞は 3m
前後もあります。』(糞を食べて糞を出す・・・糞虫)

今から 4,000 年以上前、古代エジプトで神聖視されたスカラベ( 古代エジプト語 )

ひ じ り た ま お こ が ね

は「聖玉押し黄金」(フンコロガシ、タマコロガシ)です。「天空を駆ける太陽」と「果

てしない大地の風景の中で自分の身より大きな糞玉を一生懸命転がす姿と重ね合わ
せ」た太陽神「ケプリ」の頭部はスカラベです。神秘と幸運のシンボルと、死と再生
の象徴としてスカラベを形どった宝玉や石造物などミイラの胸のところに置かれた
りしました。現在でもペンダントやイヤリングなどで活かされています。

フンコロガシのメスはヒツジの糞で洋ナシ状の糞球を作り、土の中に埋め、タマゴ
を一個生みます。太陽の熱でやがて幼虫になり、糞球を食べてサナギに、やがて大人
になったタマコロガシが地面から現れます。ファーブル以前は細かな生態が調べられ
ていなかったので、古代エジプト時代にはいきなり土の中から現れたスカラベを見て、
再生の象徴としてあがめられたのではないでしょうか。


【編集後記】

☆シンフォ新人の佐々木さんは小松ご夫妻のご近所さん。小松さんが庭仕事をしていると、
佐々木さんの奏でるピアノの音色が聞こえてくるそうです。来年1月の新年会で佐々木さん
と同じテーブルにつく方々は、佐々木さんと音楽談議をなさってください(*^^*)

☆シンフォの博物学者・大林さん久しぶりの登場です。フンコロガシのフン闘を活動弁士の
ように解説してくださり、同情したり笑ったり。その虫が古代エジプトでは聖なる昆虫「ス
カラベ」だったと初めて知りました。これだからTUTTI 発行をやめられません。( 岡田 )

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