軽井沢シンフォニックコーラス
TUTTI 2024.06.21
大林団長の発案お声掛けによって過日のフォレストコンサートの感想が幾編も寄せられ
ましたので、今号は『フォレコン特集』となりました。
軽井沢シンフォの初舞台 小松 春美(ソプラノ)
2021年6月26日 午後3時半、軽井沢大賀ホールに初めて立ちました。「3.11東日
本大震災チャリティーvo1.11 みんなでつくるコンサート」に応募して、「2021年
ともだち合唱団」の一員となり夫と共に舞台に立ち、心を込めて歌いました。
讃美歌「このうるわしき大地に」<ピアポント/ジョン・ラター/ヘルビック貴
子>と、「瑠璃色の地球」<松本 隆 作詞 / 平井 夏美 作曲>を混声合唱した
のです。大震災と津波によって亡くなられた方、その痛みを抱えた全ての方へ届
けて来られたチャリティーコンサートのこれが最後と伺い、新型コロナウィルス
感染防止対策に気遣いながら、皆で懸命に練習したのを覚えています。
東京と名古屋の二拠点生活から、定年を機に海の見える生活を望んでいた夫と
一緒に、東日本大震災ショックの3か月後6月、震災現場に行きました。福島の
原発は通行止め、仙台から松島へ行くと意外に被害は少なく穏やかで、石巻、気
仙沼、そして陸前高田へ行くと異様な匂いに覆われて「奇跡の一本松」どころで
はありません。東京へ戻り、どれだけ洗車しても悪臭は取れず、数か月は殺伐と
した風景が脳裏から消えませんでした。その後、憧れの海生活から山里を考える
ようになり、それまでに縁のあった軽井沢の地を選びました。最初に不動産屋に
連れていかれた場所は、鬱蒼とした木々に覆われ、えーっと思ったのですが、森
の中で死にたいと言う夫には「これしかない!」物件だったのです。
2011年10月15日に不動産売買契約の重要事項説明書を受ける為、仕事で多忙な
夫に代わり私一人で訪れた時、改めて庭を見上げると空は全く見えず、地面は雑
草と枯葉で覆われて土はありませんでした。長年二人で土木作業、庭師と頑張り
第 45 号
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今はすっかり晴れやかに様変わりした我が家ですが、我々にとって東日本大震災
は深い因縁の出来事でした。
そして、ともだち合唱団でご一緒した方に、混声合唱団へ参加したいとお願い
し紹介いただいたのが『軽井沢シンフォニック・コーラス』です。2021年10月29
日の夜、初めて借宿公民館で寺田和佳子先生にご挨拶させていただきました。コ
ロナ禍でマスク着用の練習をして、その後も思うようには練習できず、2022年の
敬老会発表会は中止となりました。2023年9月18日、借宿公民館の敬老会で歌っ
たのが軽井沢シンフォの皆さんとの初舞台です。聴きに来てくれた夫の姪から、
会場の聴衆との一体感が心地よく、混声のバランスも良くて素敵だったとの感想
です。彼女は東京の合唱団でコーラスを楽しんでおり、六本木の大舞台での発表
会を聴いたことがあります。ピアノも上手で音楽好きな姪に褒められて、その晩
ご飯は奮発しました。
さていよいよ「2024年4月21日フォレストコンサート」大賀ホールでの軽井沢
シンフォメンバーとしての初舞台です。軽井沢で暮らして12年(リノベーション
により、2012年7月より居住)ですが、この時が一番嬉しかったです。
名古屋からの友人が、スマホで15分間動かずに録音・録画したのを何度も確認
しましたが、なんて素晴らしいコーラスなのでしょう!アレルギー性気管支喘息
の薬を飲みながらの発声は望むようには叶いませんが、他人に何と言われようと
自画自賛、褒めて納得してしまいます。
その理由は色々ありますが、何といっても軽井沢シンフォの財産である「軽井
沢組曲」です。「軽井沢シンフォニック・コーラス / 美しい村フェスティバル合唱
団」の楽曲構成を拝見し、CDで拝聴した時の感動は忘れません。多才な方々が
言葉を尽くして称讃されていますが、その楽曲の中より3曲も歌う恩恵に与った
のですから幸せでした。
制作された和佳子先生の亡き母上・寺田 泉氏を始め、多くの方々のご尽力に
より紡がれ存在する「軽井沢組曲」を、これからもより多くの人に聴いていただく
機会を切に願います。
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人生で二度目の舞台 藤原 洋子(ソプラノ)
あの大賀ホールの発表の日 4月21日から早いもので2か月近くに。
あの時の感動はいつ以来だろうか。
大賀ホールにはいく度となくコンサートに足を運んだけれど、自身が、あの壇上
に立つ日が来るなど思ってもみなかったので、控え室ではドキドキでした。特に
私は度胸がないのでなおさらです。でも一人じゃない、大勢いるから大丈夫と心
に言いきかせ、いざ出場だ。
この日のために練習日は欠かさずやってきたけど、いつも喉に何か詰まった感じ
で、声が出しにくいのが気になっていました。が、先生が控え室で喉を押さえて
くださった途端、その詰まりが取れて、とっても声が出やすくなり、嬉しかった
です。
これで喉のことを心配せずに歌うことができるから。
そして無事、発表が終わったらホッとし、そして感動。
人生の中で、舞台に立って歌うのは小学校以来、2度目。このサークルに誘って
くださった堂々さんに感謝です。誘われるまま安易にオッケーしたことに後悔す
る日もありましたが、先生から「楽しんで」と言われたので気が楽になり、どう
にかベテランの皆様と歌うことができています。まだまだ先輩の皆さんのように
声は出ませんが、頑張って続けたいと思っている私です。
「軽井沢組曲」をこれからも 安光 榮子(ソプラノ)
友人、隣人からは次のようなコメントをもらいました。
*とても素敵でした。聞き応えがあって堪能できました。
*素晴らしかった。
*(合唱団の?)グレード高いですね。曲も他の合唱団とは違うもので、よかった
です。こういう曲(軽井沢組曲)があるのを知らなかった。
私の感想としては、私自身、オリエンテーションに出ず、打ち上げもなかったし、
コロナの期間を経て久しぶりのコンサートだったからか聴衆の数が以前に比べて
少なかったような気がして、熱量が思ったより少ないと感じてしまいました。
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シンフォの歌に関しては、練習時より全体的に出来が良かったと思いました。
自身については低い音階の歌詞については音量が出せない分、言葉をはっきり歌
ったつもりです。大林さんが、大きな声でなくても 大賀ホールの天井部分にある
反射板(?)によってホール内に届くとおっしゃっていたので 低い音でもちゃんと
届いたかなと思ったりしてます。
これから軽井沢組曲「美しい村」をもっと知ってもらう機会を増やせるようにでき
ればと改めて思いました。
追加で、各小節内の音で目一杯伸ばすべきところは ちゃんと声が出せるようにす
るともっと聞き応えが出るだろうと思われたので頑張りたいです。
草原越しの浅間が見えた 岡田 弥生(アルト)
♪あさまおせお~せ~ じ~ぞうがはらを~~♪ これまで何度も歌ってきま
した。地蔵ヶ原ってどのあたりなんだろう、と思うことはあっても調べることも
せずに。それが今年3月発行の TUTTI の 42 号に掲載された大林さんの『「不毛
の地」軽井沢の草原』によって、「地蔵ヶ原」とは風越学園から和美峠までの広大
な湿原草原であったと知りました。すると♪お~せ~ばか~りやど ち~か~く
~な~る♪ の実感がわいてきました。
4月に入って依田さんの追分節に続いて♪あさまおせお~せ~♪と歌い出した
ところ、ちょっとした白昼夢状態になりました。目の前に、お風呂屋さんの壁画
みたいな、安っぽいCGみたいな「草原と浅間山」の絵柄が見えたのです。自分
は馬をおして借宿に向かう馬子のような気分。ほんの数秒の映像でしたが、「歌詞
の内容を思い描くとは、こういうことなのかな」とびっくりの体験でした。この
日以来、「宿場さんざめき」を歌うときは、冒頭、気持ちよく馬と歩くようになり
ました。大賀ホールでも、しっかりと脳内浅間山に向かって馬を追いました。
残念ながら脳内映像は浅間山どまりで、宿場の賑わいは思い描けていないので、
こちらの映像化は今後の課題です。
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客席から 齋藤 恵子(アルト)
私は床のお席で、その上花粉症で、聞こえにくく、どの合唱団もお声が小さく思
えていました。そんな中シンフォの皆さまの宿場さんざめきの響きにはっとしま
した 前から江差追分唄にも似てるし~と感じていましたが、この追分節こそが
諸国に広まったのですね。当時の栄えた面影が伝わります。大事なレパートリー
ですね。
チェンバーではわかこ子先生がマリア様みたいに見え、みとれました~。
舞台上と観客席 山内 彦太(バス 長期休団中)
私がシンフォニック・コーラスに入団して演奏会の本番ステージを客席で聴いた
というのは4月21日に大賀ホールで開催された「第1回フォレストコンサート」
が最初の経験でした。
折角演奏を聴かせていただくなら正面の上段席に座りたかったのですが、当日私
は時々咳込む状態で演奏中にその気配を感じたらすぐ客席より外にでなくてはな
りません。また歩行の方も杖をついて何かにつたわって歩く状態でしたから出入
口に出来るだけ近い席を選ばざるを得ず、ステージに向かって右端に座っていま
した。従ってベースの声が大きく聞こえ、均整の取れた混声四部のハーモニーを
聴くことは出来ませんでした。
当日演奏されたのはシンフォニック・コーラス十八番の「組曲美しい村」から3曲
でした。いずれの曲も私は歌った経験があり大変懐かしい気持ちで一杯でした。
さて、当日の感想ですが私が思っていた以上の出来でホッとしたというのが本音
です。それは第一曲目「霧の峠道」の男声による出だしのハミングがピアニッシモ
で音程もさがらずきまったことが総てを物語っております。私が思うには、この
「霧の峠道」が組曲中最も難しい曲と理解しています。出だしのピアノ伴奏は低音
の C 単音で男声のハミングは伴奏の C よりオクターヴと短3度上の Es、しかも
ピアニッシモのユニゾンですから、余程神経を集中しなくてはピタッとはまりま
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せん。それが今回の演奏では気持ちよく決まった感じを受けました。わずか数小
節を聴いて今日はかなり良い線行くなと思いました。
第二曲目の「宿場さんざめき」は軽快なリズムのユニゾン、イケイケドンドン。
なんの心配もなく安心して聴いておりました。この曲のハイライトは何といって
も依田さんの「馬子唄」。従来は北澤さんの担当でしたが退団されたので、追分
馬子唄保存会(?)所属の依田さんが大役を務められたのではないかと推測して
おりました。
ブラボー郵便局長 ?
第三曲目の「美しい村」は題名の通り大変美しい曲でプログラムの締めくくりに
最適の曲でしょう。
最後のクライマックスもなかなか迫力があり立派な出来栄えだったと思います。
良く「隣の芝生は青く見える」と言いますが、今回の演奏会を聴いた限りにおいて
は概して「身内の芝生の方が青かった」と感じました。手前味噌でしょうか?
あまり褒めすぎて皆さんの歯が浮いてはいけませんので、以下少々辛口批評を。
まず各パートは他のパートの動きを聴くことが出来たでしょうか?自分のパート
の音を間違えないようにすることに精一杯で、その余裕はなかったのではないで
しょうか? 練習の時でも旋律以外の音は中々表立って聴くチャンスは少ないと
思います。もちろんパート毎に時間をとって練習する時間があれば良いのですが
限られた時間内での練習では中々思うようなパート練習は出来ないと思います。
私は四部合唱の場合、特に内声(アルト・テノール)の動きが重要で美しい調和の
とれたハーモニーを醸し出すキーポイントになるのではないかと考えます。そこ
で一つの提案ですが、各パートがある程度音程を取れた段階で、ソプラノ・アル
ト、ソプラノ・テノール、ソプラノ・ベース、アルト・テノール、アルト・ベー
ス、テノール・ベースと2パート毎に歌ってみてはいかがでしょうか? かつて
私が所属していた東京の合唱団は常にこの練習方式を採っており、私自身ベース
以外のパートの動きを注目するようになった経験があります。
第 2 の問題点は、ステージ上で聞こえるのと客席で聞こえるのとは大きな違いが
あるということです。その一つはステージ上で歌っているときはフレーズの頭の
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子音をしっかりと発音しているつもりなのがいざ客席で聴いてみると殆どが聞き
取れないのです。以前「霧の峠道」の練習時に和佳子先生から「何もない、何も
見えない...」の“ な は平坦な発音ではなく nNa と言うように”、としつこく指
導されたことを思い出しました。また強弱、特にクレッシェンドやディミヌエン
ドも歌っている本人が思っている以上に客席には聞こえてこないことに気が付き
ました。聴衆に感動を与える演奏をするには極端と思われるくらいに表現するこ
とが必要だということが、今回歌う側から聴く立場になって今更のごとく認識し
た次第です。若い時には指導者から色々指示なり注意をされたらそれらは頭の中
にしっかりインプットされたものですが、歳を取って後期高齢者の域に達し終活
活動に入りだすと、そうした注意・アドヴァイスは頭の上を通り越すか頭の上っ
面をかすめて中々留まろうとしなくなります。私の楽譜は歳を取るに従って色々
な注意事項や曲想を色の違う鉛筆やマーカーで書き加えるので お世辞にも綺麗
とは言えません。その内に書き加えたことすら忘れて「何だ、この汚らしい楽譜
は!」ということにならないよう気を付けます。
皆さんもそうならないことを切にお祈り申し上げます。
来年度に向けて 大林 義博(バス 団長)
軽井沢緑の音楽祭もコロナ禍での練習不足等も危惧されましたが、「軽井沢フォレ
ストコンサート」と名称を変え、大賀ホールで開催。終わってみれば、それも取り
越し苦労でありました。
シンフォでは組曲「美しい村」から三曲を選曲、「それぞれの曲は混声合唱団なら
ではの厚みのある発表で、特にパートではアルトの安定し充実した歌声が会場に
響いた」との声を頂きました。
来年度に向け、コンサートの準備が始まりますが、運営等についてのご意見をお
寄せ下さい。
【編集後記】
フォレコン特集に寄稿下さった皆様、ありがとうございました。
休団中にもかかわらず御寄稿くださった山内さん、TUTTI 編集デザインに復帰して
くださった白枝さん、お二人の合唱練習復帰をお待ちしております。 (岡田)
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